本研究では, フランス語の非人称主語代名詞で, 漠然と「我々」や「人々」を指示する“on”を採りあげた.この人称代名詞には, 意味的に等価とされている, 定冠詞付きの“l'on”という表記も存在している.17世紀以降の文法書のほとんどが, この二つを使い分ける基準として, 「隣接する単語の音 (文字) 」との関係に主眼をおいている一方で, 「単語の歴史的変遷」に注目して, その使い分けを論じる研究もある.
そこで, 文学作品のコーパスと, 新聞コーパスの中から, “on”あるいは“l' on”の用法を, その共起語と共に悉皆的に収集し, 計量的に分析することで, 「音声主義的」解釈と「歴史主義的」解釈の妥当性を検証した.
また, 階層化クラスタリングのアルゴリズムである人工知能エンジンC5.0を用い, “on”“l'on”の選択に際し, 共起語の条件や書き手の同一性がどのように関わってくるのかを分析したところ, 異質な変数間で, “on”か“l'on”かを決定する要因の連鎖構造を描き出すことに成功した.
その結果, “on”と“l'on”の使い分け基準に関して, 17世紀以降信奉されてきた「音声中心主義」の限界を発見すると共に, 異質な変数を同一平面上に置いたC5.0の分析に好結果を得たことで, コーパス言語学にデータマイニング・ツールを導入し, 言語学の諸サブ領域を横断するという, 言語学の新たな地平を拓くことの可能性を示しえた.
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