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全文: "エヴェンキ"
45件中 1-20の結果を表示しています
  • ―中国・内モンゴルフルンボイル市エヴェンキ旗輝ソムを事例に―
    斯琴 托亜
    一般社団法人日本家政学会研究発表要旨集
    2016年 68 巻 3I-03
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/08/04
    会議録・要旨集 フリー


    1、目的

    内モンゴルフルンボイル市は地理的にロシア・モンゴル・中国3つの国の境界線に位置している。ここはかつて遊牧民族が代々家畜を追って遊牧生活をした場所である。そして今モンゴル族以外にエヴェンキ族・ダウール族など12の民族がここに集住している。

    本研究では、エヴェンキ族がモンゴル民族と同じく草原地域で牧業を営んでいるが、放牧方式と住居関連(固定住居バイシンと移動住居ゲル)、そして部屋の平面変化と内部空間の使い方の現状と変化を把握し、モンゴル族とエヴェンキ族の放牧様式から居住空間、生活様態の違いを分析することを目的とする。

     

    2、方法

    2014年9月にエヴェンキ旗の輝ソムでエヴェンキ族の20世帯を3週間に渡って家族を訪問し、生活様態や住居に関する項目についてヒアリング調査と測量を行った。収集した詳しいデータを分析しながら比較する方法を使用した。

     

    3、結果

    ・新バラグモンゴル族の季節移動式放牧と比べれば、エヴェンキ族が夏営地と冬営地(拠点)に限られている。

    ・分配された土地をフェンスで囲むことが少なく、夏にはガチャの共用地を自由に利用している。冬には、家畜を他人に委託している状況が分かる。

    ・固定住居バイシンの空間や役割分担が違う。例えば、入口が北に設けられ、客室が北方に設置されるなどの事例がみられる。そして、改築や増築が行われている。増築は北の入口から北へ広げて増築がされていることが分かる。
  • 中国大興安嶺のエヴェンキ族らの事例から
    卯田 宗平
    日本文化人類学会研究大会発表要旨集
    2016年 2016 巻
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/23
    会議録・要旨集 フリー
    本発表では、中国大興安嶺においてトナカイ飼養を続けるエヴェンキ族らを対象に、①トナカイの役割が狩猟時の荷駄運搬用や騎乗用といった「生産の手段」から角を採取するための「生産の対象」に変化するなか、彼らの技術的な対応の実際を報告する。そのうえで、②トナカイ飼養が引き続き可能になった背景を検討する。この作業を通じて、脱生業化時代の生計維持の可能性について技術論の側面から考察を加える。
  • ―フルンボイル市・エヴェンキ族自治旗・輝ソムを事例に―
    斯琴 托亜
    日本家政学会誌
    2019年 70 巻 6 号 346-360
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/17
    ジャーナル フリー

     フルンボイル市エヴェンキ族自治旗輝ソムは, 世帯主の80%以上が草原地帯で放牧を生業としている牧畜民のエヴェンキ族である. 家族は, 草原と市街の2か所で生活している. 草原では, バイシンを建て羊・牛・馬を分配された土地内で放牧をしている.

     バイシンの平面分析から, 増築前の部分の空間は客室・キッチン・寝室に分けられ, 入口がすべて北側に設置されている. 客室は南に設置され, 客用寝室と子ども部屋, 食事用に使われている. キッチンは北の入口から近い位置に設置され, 炊事や食事をする空間として使われている. 増築された部分は, キッチンが増築部分へ移動され, 寝室が2つ以上で, 増築部分にも寝室が設置されている. 客室は南の方に設置され, 増築部分には移動してない. 増築された部分の空間はキッチン・寝室・廊下になっている. 増築された部分がさらに北へ増築され, または増築前の部分の東側に増築され, 倉庫と車庫用の空間が設けられている. この地域では, バイシンの増築が南側ではなく, 北側に増築されている.

     暖房器具はハンジ, フーチャン, ジョーフ, ノアンチの4種類である. ほぼすべてがフーチャンを設置しており, ハンジは半数を占める. 築年数が新しいほどハンジの設置が少なくなる. ジョーフはハンジやフーチャンに火を入れるために使われていると同時に, 炊事用にも使われている. ハンジやフーチャンが近年のバイシンに設置されず, 代わりにノアンチが設置されている.

  • 村山 七郎
    民族學研究
    1962年 26 巻 3 号 157-169
    発行日: 1962年
    公開日: 2018/03/27
    ジャーナル フリー
  • 大会記録 課題研究Ⅰ「先住民族の教育権保障に関する国際比較研究(2)─アファーマティブアクションと先住民族学校をめぐる現状と課題」
    ヴェトラーナ・ステェパーノヴナ・セミョーノワ
    国際教育
    2014年 20 巻 92-94
    発行日: 2014年
    公開日: 2019/07/31
    ジャーナル オープンアクセス
  • 黒龍江省での調査を中心に
    浅川 滋男, 村田 健一, 大貫 静夫, 栗原 伸司, 坂田 昌平, 楊 昌鳴, 黄 任遠
    住宅総合研究財団研究年報
    1997年 23 巻 87-96
    発行日: 1997年
    公開日: 2018/05/01
    ジャーナル オープンアクセス
     本研究は,建築史・民族学・考古学の研究者が協力して,北東アジアにおけるツングース系諸民族住居の特質と歴史的変遷を描きだそうとする試みである。主要な研究対象地域は,中国で最もツングース系諸民族の集中する黒龍江省で,興安嶺とアムール川流域を中心に,満洲族,シボ族,ナーナイ族,オロチョン族,エヴェンキ族という5つのツングース系民族が分布している。また,清朝以来,豆満江をわたり中国東北地方に移住してきた朝鮮族も,歴史的・言語的にみて,ツングースときわめて関係の深い民族である。ツングースの歴史は必ずしもあきらかでない。言語的にみて,ツングース系諸語と認定できる最古の資料は12世紀女真の碑文・銘文である。つまり,女真以前の渤海・靺鞨・高句麗などの国家や民族をツングースの祖先とみなせるのかどうか,それはまだ検証されていないのである。しかし,本研究では,先史時代から現代まで,この地域の民族の住層形式をひろく視野におさめることにした。すでに浅川は,中国正史の東夷伝にみえる関係記載を集成し,主として唐代までの住居の特質と変遷を考証している。これをうけて本研究では,考古・民族誌資料の収集と整理を行ないつつ,民族学的なフィールド・ワークにも取り組んできた。すなわち,1995~1996年に黒龍江省で3度の現地調査を行なった。第1次調査では同江市でナーナイ族の堅穴住居と平地住居,第2次調査では寧安市の鏡泊湖に近い瀑布村で朝鮮族の集落と満州族・漢族の住居,第3次調査では小興安嶺一帯でオロチョン族とエヴェンキ族のテント住居と平地住居を調査した。実測総数は50件を数える。報告では,考古資料による住居形式の分析と調査資料の記述を展開し,最後に両資料の比較を試みてみた。機会が与えられるなら,調査・研究の対象域をロシア側にもひろげ,ツングース住居の総合的研究に結晶させるとともに,日本住居の起源との関係にも言及したい。
  • 池上 二良
    言語研究
    1953年 1953 巻 22-23 号 75-78,135
    発行日: 1953/03/31
    公開日: 2010/11/26
    ジャーナル フリー
    Orokko Dialect has /ö/ as one of vowel phonemes. It corresponds to the halfclose outer-back rounded vowel [o]. The photograph shows the pronunciation of [o:]. At least some dialects of Tungus have probably a vowel corresponding to /ö/, like Orokko Dialect. The author emphasizes that, in the study of Tungus, it is important to describe the difference between such a vowel and other vowels.
  • 野瀬 昌彦
    社会言語科学
    2007年 10 巻 1 号 33-44
    発行日: 2007/09/30
    公開日: 2017/04/30
    ジャーナル フリー
    本論文では,「言語構造の世界地図」(The World Atlas of Language Structures (WALS), Haspelmath, et al. (Eds.), 2005)を利用して,ユーラシア地域の様々な言語における,格の数や語順等の文法的特徴について概観した.加えて,WALSを使用した文法情報の収集と言語類型論の手法を利用することで,ユーラシア言語の多様性を視覚的に観察する一研究を紹介した.ユーラシア地域の言語は基本的に格を多く持つ傾向があり,それらの格の多様性として,対格言語と能格言語の相違は存在するが,大まかに地域内で共通の特徴がある.また,ユーラシアの言語はSOV語順及び指示詞の2種類使い分け(「この」と「あの」)の傾向を持つ.WALSに含まれるいくつかの文法情報を整理し,その結果を視覚化することで,典型的なユーラシア言語とはどのようなものであるかを考察した.その結果,言語の特徴がユーラシア地域と欧州地域で明確に分かれることが判明し,その境界上にフィン=ウゴル語が存在する.
  • ――中国内モンゴルの漢語作家によるモンゴル文学――
    孛 額勒斯, 坂部 晶子
    21世紀東アジア社会学
    2016年 2016 巻 8 号 225-240
    発行日: 2016/06/30
    公開日: 2017/05/22
    ジャーナル フリー

      这篇文章介绍现代中国的蒙古作家,孛·额勒斯的作品《南斯勒玛》,以及把这篇小说翻译成日文。作家是居住在内蒙古自治区呼伦贝尔市的蒙古族,而使用汉语来创造作品。他是呼伦贝尔蒙古作家的代表人物之一。改革开放以后,呼伦贝尔的少数民族面临着市场经济带来的新危机和社会问题。他们的传统生活方式,在社会主义时代,还保持着一定程度的原来的生计,民族语言和与生活方式相关的民族文化。但是改革开放以后,这些方面受到了很大的变化。《南斯勒玛》这篇小说充分地表达这段时间的社会变迁和一个蒙古家庭的情况。

  • 煎本 孝
    民族學研究
    1990年 55 巻 2 号 231-232
    発行日: 1990/09/30
    公開日: 2018/03/27
    ジャーナル フリー
  • 煎本 孝
    民族學研究
    1990年 55 巻 2 号 230-231
    発行日: 1990/09/30
    公開日: 2018/03/27
    ジャーナル フリー
  • 荻原 眞子
    北海道立北方民族博物館研究紀要
    2004年 13 巻 135-138
    発行日: 2004年
    公開日: 2020/07/31
    研究報告書・技術報告書 フリー
    【追悼】アンナ・ヴァシーリエヴナ・スモリャーク先生が昨2003年6月23日に亡くなられた。享年84才。先生は1993年に北海道立北方民族博物館(以下、同館)で開催された第8回北方民族文化シンポジウム「北方針葉樹林帯の人と文化」に出席され、「アムール川流域およびサハリン先住民における民族起源と社会構造に関する諸問題」という報告をされた。もう10年余も前のことになる。爾来、先生は折に触れ、このときの日本での思い出を懐かしがられ、よく口にされていた。筆者がお目にかかった最後は1999年の初夏、モスクワの民族学研究所であった。 ちょうど、第3回ロシア人類学・民族学学会と国際シャマニズム会議とが同時に開催され、シャマニズム会議の初日が研究所で行われたときのことである。先生は明るい性格の、おしゃべりのお好きな方で、こと、学問の話になると時と場所におかまいなく次からつぎへどこまでも尽きることなく関心を拡げられた。それは、日本からの国際電話でも同じことで、投げかけられた問題にお答えするには、そのためだけにモスクワヘお訪ねするしかないと思う程である。お教え願いたいこと、お聞きしておきたいことがたくさんあった。今一度、お目にかかれずじまいになったことが、残念で悔やまれる。 スモリャーク先生はソヴィエト時代の民族学界を担われた重鎮の一人で、特に、アムール・サハリン地域の民族学では多大の業績を残された。先生の研究者としての学問形成については、モスクワ大学の民族学部においてS.A.トカレフ、M.O.コスヴェン、N.N.チェボクサロフ、M.L.レーヴィン、G.F.デベッツという鉾々たる民族学者や人類学者の教えを受けられ、また、A.P.オクラードニコフの指揮するアムール川沿岸での考古学調査などにも参加されたことを記すに止めよう。フィールドワークは1957年のウリチ、ニヴフの調査にはじまり、60~80年代を通じ調査対象はアムール川地域のナーナイ、オロチ、ウデゲ、サハリンのニヴフ、ウイルタ、さらにはエヴェンキ、カムチャトカのパレオアジア諸族に及んでいる。主著の一つで基盤的な研究であったのはモノグラフ『ウリチー古今の生業、文化および習俗」(1966) であるが、先生の関心はアムール・サハリン地域の歴史民族学にあり、方法としては多岐多様にわたる個別の問題を取りあげ比較検討を重ねながら烏瞰的にこの地域の民族関係を見通し、究極的にはその民族起源を解明することにあったと云って誤りではなかろう。 ところで、スモリャーク先生は1993年に来日された折に、ご自分のフィールドワークの成果の一部である写真と録音テープを同館に寄贈された。写其(プリント)167点は同館の尽力により『A.V. スモリャーク氏寄贈資料目録~ニブフ・オロチ・ウリチ・ナーナイ~』として刊行された。この冊子が呼び水となり、2001年には表記の浩瀚な写真集が出版された。先生はこの寄しき因縁をたいへん喜んでおられた。本書には、民族学者としての生涯においてもっとも充実していたと思われる時期にフィールドワーカーの目で撮られた写其の、おそらくは、大部分が収められている。調査期間は通常最低でも3ヶ月であったという[Батьянова 2000: 24] 。 本書の一端をここに紹介し、先生への追悼の意を表したいと思う。
  • 長田 英己
    ワイルドライフ・フォーラム
    1995年 1 巻 2 号 75-78
    発行日: 1995年
    公開日: 2017/07/08
    解説誌・一般情報誌 フリー
  • 対応する北方言の語彙を中心に(2)
    山田 祥子, 笹倉 いる美
    北海道立北方民族博物館研究紀要
    2011年 20 巻 97-112
    発行日: 2011年
    公開日: 2020/04/30
    研究報告書・技術報告書 フリー
    Hokkaido Museum of Northern Peoples stores many items of the objects from the southern group of the Uilta. This work is aimed to provide the Uilta vocabulary and the cultural information about these items. In this work, we gave an interview to one of the speakers of the Uilta northern dialect, in which we showed some photos of the above-mentioned items and asked how to call them in her own dialect. Then, we compared her answers to the lexical descriptions in literature. In this paper, the results of the interview and the related lexical descriptions are reported in the form of a list for reference. Throughout this work, it is expected to observe not only the dialectal differences between north and south, but also some ethnographical idea of the Uilta.
  • 清瀬 義三郎
    言語研究
    1984年 1984 巻 86 号 54-68
    発行日: 1984/12/01
    公開日: 2010/12/22
    ジャーナル フリー
    In spoken Manchu, i. e. the Sibo dialect in the Ili valley, west of Dzungaria, the consonant s is always palatalized as [š] before the highvowel i, wherever it may occur. Also, the consonant that was transcribedby the Manchu letter normally representing s was Romanized by some Western scholars in the XVIIth through XIXth centuries as š, s, sh, etc., which presumably indicated [š], when followed immediately by i. Althoughsome other scholars in that period used the Latin alphabet s (or Cyrillic alphabet c) for the same consonant in the same environment, their Romanization was surely not a phonetic transcription but rather atransliteration of the Manchu script into the Latin (or Cyrillic) alphabet.
    Since the transcription of phonemes of a language in its native scriptusually reflects the speakers' concept of the phonemic level, and not ofthe phonetic level, the syllable transcribed with the Manchu letters sand i denotes /si/. Thus, it is certain that /s/ in /si/ in literary Manchurepresented [š], both initially and intervocalically as an environmentalvariant of /s/. In fact, judging from an investigation of the Chinesetranscription of Jurchen words appearing in the Sino-Jurchen glossaryproduced in the XVth century, the syllable /si/ in Manchu words correspondsto *ši in any position in the cognate words in Jurchen, a pre-Manchulanguage. The Jurchen syllable *si is found only in Chinese loansderived from Chinese si.
    On the other hand, Manchu had a consonant that was transcribed bythe Manchu letter normally representing š. This consonant, i.e./š/, however, always preceded the vowels other than i since [ši] was regarded as/si/ then, as a result of a sound change, *ši>si, which had taken placebefore the appearance of the Jurchen language. The syllable /ši/, so transcribedin Manchu script, appears only in Chinese loans of which theoriginal sound was si with a retroflex in its syllable initial.
    To sum up, in literary Manchu the sound value of /s/ preceding vowelsother than i was [š], but when preceding i it was [š]. On the otherhand, the sound value of /š/ was [š] before vowels other than i, but [š], a loan pronunciation, when preceding i.
    Thus, it can be said that conclusions on Altaic or Tunguz comparativelinguistics such as in Nikolaus Poppe's and Johannes Benzing's, which were reached by regarding the Manchu /si/ as [si], and not as [ši], have to be revised.
  • 石田 肇, 百々 幸雄
    バイオメカニズム学会誌
    1990年 14 巻 4 号 200-206
    発行日: 1990/11/01
    公開日: 2016/10/31
    ジャーナル フリー
  • 畑中 幸子
    社会経済史学
    1992年 58 巻 4 号 529-531
    発行日: 1992/11/25
    公開日: 2017/09/28
    ジャーナル オープンアクセス
  • 斎藤 達次郎
    民族學研究
    1966年 30 巻 4 号 329-330
    発行日: 1966/03/31
    公開日: 2018/03/27
    ジャーナル フリー
  • 宇田川 洋
    史学雑誌
    1998年 107 巻 1 号 35-37
    発行日: 1998/01/20
    公開日: 2017/11/30
    ジャーナル フリー
  • 大舘 大學
    北海道立北方民族博物館研究紀要
    2012年 21 巻 65-94
    発行日: 2012年
    公開日: 2020/03/31
    研究報告書・技術報告書 フリー
    The sable is an important animal for fur trade in the world since the ancient time in Eurasia. Therefore, it is important to review the names for the sables in various languages in Eurasia to investigate the transmission of words for the sables. In the present paper, to give basic information for the transmission and transformation of the words for the sable in Eurasia, words for the sable and 3 other species of marten (Martes sp.), weasels, and squirrels in Eurasian languages were investigated. In East Asia, the sable is called in various words. The sable was called “furuki ” (or fuluki) in ancient Japan (ca. 8 to 13 c.). It is called “hoinu ” -like words in Ainu language, “dambi ” with modifiers or other words in Korean, “bulgan ”-like words in Mongolic languages, and “segep ”-like words in Tungusic languages, and “diao ” with modifiers in Chinese. In the regions of central-western Eurasia where the sable is (was) distributed, the sable is called in words of “bulgan ”-like words in Mongolic languages, those of “kish ”-like words in Turkic languages, “nukse ”-like words in Finno-Ugric languages, and “sobol ” in Russian. In Iranian languages, the sable is fundamentally called in “samur ”. The word “samur ” is spread in central-western Asia and southeastern Europe. In northern-western Europe, the sable is called in “sobol ”-like words. In Eurasian languages, martens are sometimes called in the words related with squirrels. Especially, it is not worthy that squirrels are called “uluki ” -like words in Tungusic languages.
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