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全文: "オタク"
474件中 1-20の結果を表示しています
  • 阿賀 巧
    日本地理学会発表要旨集
    2016年 2016s 巻 612
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    <B>1.はじめに</B><BR> 地方都市の中心商業地では郊外化の進展とともに買回り品の供給機能が縮小する一方で,アニメ・コミック・ゲームに関連する商品を取扱う「オタク」系の店舗の集積地が形成されつつある.本研究はこの地方に新たに成立した「オタク関連商業集積」に注目し,商業集積研究の観点からその形成過程の解明と地理学的な位置づけを図った.<BR>そこで本研究は,全国スケールの商業集積形成の動向とオタク系ショップの出店動向を把握した上で,栃木県宇都宮市を事例として,2015年9月中旬から11月上旬にかけて聴き取り調査およびアンケート調査を実施した.宇都宮では,商業ビル「フェスタ」とその周辺にオタク系ショップが集中している.フェスタは2001年に若者をターゲットとしたファッションビルとして開業したが,2010年前後には売場の大半がオタク系のテナントで固められるようになった.当日の発表では,このフェスタの来店者に対して行ったアンケート調査の結果を中心に報告する.<BR><B>2.オタク関連商業集積の形成過程</B><BR>2000年代を通してオタク文化は若者全体に広く浸透し,新たに参入したライト層がオタク市場の多数派となった(オタクのライト化).「ライト化」に伴う市場の拡大はオタク系ショップに出店の機会をもたらし,特に低価格商品を取扱う全国チェーン店が地方進出を加速させた.その際,多くの全国チェーン店で郊外ではなく中心市街地への立地が志向され,かつ集積の利益を求めて互いに近接立地する傾向が観察された.また,「ライト化」は偏見に晒されがちなオタク文化に対して地域の各主体が持つイメージの改善にも寄与した.<BR>一方で地方都市の中心市街地では,若者をターゲットとしたファッションビルやファッションストリートが相次いで成立したが,次第にそれらファッション関連商業集積同士で競争が激化し,一部の経営者に差別化の誘因をもたらした.その結果,2010年前後からオタク系ショップの集客力を認識した商業施設の経営者によって,オタク系テナントが積極的に誘致されるようになった.この段階において,それまでは個々の店舗の出店戦略に基づいて自然発生的に形成されてきたオタク関連商業集積は,1つの商業施設の内部に「計画的」に形成される傾向が強くなったと考えられる.<BR><B>3.オタク関連商業集積の位置づけ</B><BR>まず,オタク関連商業集積は地方都市の中心市街地にあってなおも、買回り品的な性質を持つ商品によって広域の商圏を維持するということを指摘できる.店舗構成の面では,商業集積における全国チェーン店のウエートが高いという特徴が観察され,この点で個人経営者による小規模店舗が多数存在するとされる大都市圏のオタク街およびファッションストリートと対比される.さらに,商業施設の経営者はオタク系ショップにファッションと同じく広く若者を集客することを期待するため,地方のオタク関連商業集積はファッション関連商業集積に準じる存在と考えることもできる. <BR>また宇都宮の事例から,コアな消費者が商業集積を安定的に支える一方で,来店頻度は高いが支出額の少ないライトな消費者が来店者の多数を占めることが明らかとなった.地方都市の「オタクの街」は「ライト化」した現代のオタク市場の特徴を強く反映し,オタク文化を好む若者の交流の拠点として機能しつつある.
  • 永田 大輔
    年報社会学論集
    2017年 2017 巻 30 号 134-145
    発行日: 2017/07/31
    公開日: 2018/09/01
    ジャーナル フリー

    This paper discusses the history of the discussion in Japan about otaku. We discuss how, early on, it was recognized that the critique around the phenomenon of otaku faced difficulties as otaku were regarded negatively in Japanese society. In order to depart from this negative critique, while the tojisha approach (first-person studies) emerged, other viewpoints were restricted. Sociologists were enlisted to help overcome this problem, but there then arose an internal debate within sociology, specifically. Sociology's participation in the critique was criticized internally. We discuss the ensuing relationship between sociology and the social critique around the phenomenon of otaku.

  • 茨木 正治
    マス・コミュニケーション研究
    2011年 79 巻 171-172
    発行日: 2011/07/31
    公開日: 2017/10/06
    ジャーナル フリー
  • 和田 崇
    経済地理学年報
    2014年 60 巻 1 号 23-36
    発行日: 2014/03/30
    公開日: 2017/05/19
    ジャーナル フリー
    大阪・日本橋は,1980年代後半から家電小売店数が減少する一方で,漫画やアニメ,ゲームなどオタク向け専門店が多数立地し,東京・秋葉原に次ぐオタクの街となった.20〜30歳代男性を中心とする関西圏のオタクは,自宅で密かに楽しんでいた漫画やアニメ,ゲームなどの趣味について,インターネット上で情報を収集したり,同人と交流したりしながら,オタク向け専門店が集積し,イベントが開催される日本橋に出かけている.彼らは日本橋を現実空間におけるホーム/居場所と認識し,そこで自己を表出し,趣味を他者と共有している.こうした状況を踏まえ,日本橋ではオタクを集客対象としたまちづくりが,2000年代半ばから商業者を中心に行われるようになった.その取組みは,既存の権力サイドにあたる商店街振興組合のキーパーソンが,オタクの街・日本橋の磁力に惹きつけられて集まった若者を巻き込み,彼らの意欲とアイデア,行動を引き出し,後押しするかたちで展開された.自らもオタクであり,オタクの感性と興味に応じた企画を立案できる若者の存在が,オタクの街・日本橋のプロモーションに重要な役割を果たした.
  • 大澤 真幸
    フォーラム現代社会学
    2006年 5 巻 25-39
    発行日: 2006/05/27
    公開日: 2017/09/22
    ジャーナル フリー
    「オタク」と呼ばれる若者たちが、日本社会に登場したのは、1980年代の初頭であった。本稿の目的は、オタクが、いかに謎に満ちた現象であるかを示すことにある。オタクとは何か?オタクは、それぞれが関心を有する主題領域についての「意味の重みと情報の密度の著しいギャップ」によって、伝統的な趣味人や専門家からは明確に区別される。われわれは、オタクについての通念に反する4つの逆説を提示する。(1)オタクは、それぞれがコミットするきわめて特殊な主題にしか興味をもたない、と言われる。これは、事実だが、オタクの生成過程・発展過程の観察から、われわれは次のような仮説を導出する。すなわち、オタクが特殊な領域にしか興味をもたないのは、まさにその特殊な領域に普遍的世界が圧縮されて表現されているからである、と。(2)オタクは、現実をも虚構と本質的には異ならない意味的な構築物と見なすような、アイロニカルな相対主義者である。オタクは、意識のレベルでは、虚構の対象に対して、このようにアイロニカルな距離を保ちながら、反対に、行動のレベルでは、その同じ対象に徹底して没入してもいる。こうした意識と行動の間の逆立が、またオタクを特徴づける。(3)オタクは、他者との接触を回避する非社会性によって特徴づけられる。が、同時に、オタクは、他者を希求し、連帯を求めてもいる。オタクの主題領域に見出された逆説(普遍性の特殊性への反転)に対応した両義性が、対他関係にも見出されるのだ。すなわち、オタクにあっては、他者性への欲求が、他者性の否定(類似性への欲求)へと裏返るのである。(4)他者性への関心は、身体への関心としばしば並行している。身体の活動性の低下は、オタクの特徴である。だが、他方で、身体の活動性を上げることへの、つまり身体の直接性への関心もまた、現在の若者たちの特徴である。身体に関しても、背反するベクトルが共存している。以上のような逆説が、なぜ出現するのか。オタクを視野に収めた、社会学的な若者論は、これを説明できなくてはならない。
  • 中川 祐志
    人間関係学研究
    2012年 18 巻 1 号 21-32
    発行日: 2012/06/26
    公開日: 2017/11/01
    ジャーナル フリー
    In recent years, attention has been focused on support for persons with Asperger's Syndrome (AS). This report discusses materials prepared from studies of the culture of Comic Market (Comiket) which is one of the Otaku culture to help in preparing special support education environments for AS persons who have lost their sense of presence. Document research has shown that the system of the Comiket that is one of the Otaku culture may function as a place that AS sufferers who have problems related to theory of mind can easily rely on. In addition, it is thought that a series of circle activities may provide hints on how AS sufferers can regain a sense of presence. The author thinks that AS research into Otaku culture is very significant towards each individual AS sufferer regaining a sense of presence, participating in society and building human relations.
  • 柿田 秀樹, 樫村 愛子, 北本 晃治, 青沼 智
    ヒューマン・コミュニケーション研究
    2009年 37 巻 43-66
    発行日: 2009/03/31
    公開日: 2017/11/30
    ジャーナル フリー
  • 圓田 浩二
    ソシオロジ
    1998年 43 巻 2 号 67-79
    発行日: 1998/10/31
    公開日: 2016/11/02
    ジャーナル フリー
  • 石井 久雄
    日本教育学会大會研究発表要項
    1998年 57 巻 120-123
    発行日: 1998/08/23
    公開日: 2018/04/20
    研究報告書・技術報告書 フリー
  • 村澤 和多里
    日本青年心理学会大会発表論文集
    2008年 16 巻
    発行日: 2008/09/10
    公開日: 2017/09/04
    会議録・要旨集 オープンアクセス
  • 辻 泉
    社会学評論
    2016年 67 巻 1 号 128-129
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/06/30
    ジャーナル フリー
  • 今井 信治
    宗教研究
    2007年 80 巻 4 号 1199-1200
    発行日: 2007/03/30
    公開日: 2017/07/14
    ジャーナル フリー
  • 今井 信治
    宗教と社会
    2008年 14 巻 218-221
    発行日: 2008/06/14
    公開日: 2017/07/18
    ジャーナル フリー
  • 川上 直秋, 吉田 富二雄
    認知科学
    2013年 20 巻 3 号 318-329
    発行日: 2013/09/01
    公開日: 2014/12/05
    ジャーナル フリー
    We examined the effect of subliminal mere exposure on the implicit group evaluation,
    focusing on the typicality of group members. Recent researches on the mere exposure
    effects have suggested the important roles of the cognitive factors on preference forma-
    tion. We considered the exposures to non-typical members in a group as the factor of
    heterogeneity, investigating the optimum level of heterogeneity to improve the implicit
    Otaku” evaluation. We hypothesized that exposure to a few heterogeneous members
    in a group would have a stronger effect. In the experiment, ten group members were
    subliminally presented as “Otaku”, and the number of the typical members in the ten
    members was manipulated. Then their implicit “Otaku” evaluations were measured
    using the Go/No-go Association Task (GNAT). The results showed that the exposure
    to the seven typical and three non-typical members produced the most powerful effects
    in all conditions, whereas the exposures which contained more non-typical members
    than typical members had no effect. The roles of heterogeneity in mere exposure effect
    and implications for the unconsciousness of the higher mental processes were discussed.
  • 設楽 真理子
    情報の科学と技術
    2007年 57 巻 6 号 313-
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2017/05/09
    ジャーナル オープンアクセス
  • 入江 由規
    フォーラム現代社会学
    2014年 13 巻 58-70
    発行日: 2014/05/31
    公開日: 2017/09/22
    ジャーナル フリー
    本稿の目的は、なぜ、アニメやゲーム、コミックの舞台を訪れる「聖地巡礼者」が、これまで「変わり者」と見なされることの多かった、アニメやゲーム、コミックを愛好するオタクであるにもかかわらず、それらに必ずしも関心のある訳ではない、作品の舞台となった町の住民や商店主らにとっての「ゲスト」へと変貌を遂げたかを分析することにある。オタクの対人関係は、これまで、趣味や価値観を共有する人とだけ交流する、閉鎖的な人間関係を築くものと捉えられることが多かった。だが、聖地巡礼者は、アニメやゲーム、コミックを愛好するオタクであるにもかかわらず、作品の舞台となった町に住む住民や商店主と交流を図り、時に作品を活かした町おこしを模索する企業人や研究者とも、共同でイベントを開催する関係を築いている。このことは、これまでのオタク研究では捨象されてきた、オタクの新たなコミュニケーションの実態を表していた。上記の目的に基づき、本稿では、アニメ作品の舞台を旅する「アニメ聖地巡礼者」に聞き取り調査を行った。その結果、彼らは、住民への挨拶といった礼儀を大切にし、商店主や企業人、研究者からの依頼を、物質的な見返りを求めることなく、自分たちが好きな作品で町おこしが行われるからという理由で最後までやり遂げることで、住民や商店主、企業人や研究者から信頼を得て、「ゲスト」へと変貌を遂げたことが分かった。
  • 永井 純一
    ソシオロジ
    2002年 46 巻 3 号 109-125,220
    発行日: 2002/02/28
    公開日: 2016/11/02
    ジャーナル フリー
     This article is an ethnographical study of amateur comic writers. It is also a reconsideration of "otaku" as an audience of media from the perspective of Cultural Studies. "Otaku" is the name given to those who are self-absorbed in media-culture, such as animation, comics, video games, etc.
     They first appeared Japan in the late 1970's, increasing notably since the 1980's. This corresponds with the beginning of the information-oriented society.
     "Otaku" are frequently considered to be a pathological person who inhabits virtual reality. However, I treat "otaku" here as an active audience. The activity of an audience has been discussed in "Encoding and Decoding in Television Discourse" by Stuart Hall. We can encode a message in media and this can be read by an audience through the process of decoding. The message read can be diverse as a message encoded may be interpreted in a different way at the time of decoding. Hall suggests that the meaning of the message is decided at the point of decoding.
     "Otaku" is an audience of media-communication that receives a media message by alternative readings. For instance, amateur comic writers of home-grown publications write stories by appropriating a character and story from mainstream media and then, for example, reproduce this as a homosexual story. If they had read the original text in the way intended by the author then it would impossible for them to produce such an alternative story.
     This argument leads us to the next issue. Such readings are communicated and shared by others through the media of the widely read home-produced comics exchanged at over 1000 events held annually. The readers treat this media-communication as one experience. Considering the large number of "otaku" in Japan (estimated at some 100's of 1000's) , an understanding of their communication style is not only important but also necessary.
  • 岡部 大介
    認知科学
    2008年 15 巻 4 号 671-681
    発行日: 2008年
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    This study seeks to demystify one of a niche subculture of extreme female fans and mavens known as “Fujoshi” who get really into animation, comic, novel and so on. They call themselves self-mocking term “Fujoshi” and are willing to draw⁄read fanzines that are an underground hobby focused on romantic or homosexual relationships between male characters from various media texts. In this paper, I describe how they construct their identities and social relations through narrative and practice. First I frame this work as an effort to think the differentiation between “self” and &ldquoidentity”. Then I show the core characteristic of “Fujoshi” groups is the issue of hiding identity. The assumption has been in subcultural studies that the embodied external identity display in the face of mainstream culture is foundational. But “Fujoshi” culture does it differently. Although they make their identities invisible in everyday lives, that hiding practice paradoxically makes their identities visible in “Fujoshi” community. The other area that I found interesting was their ironical communication. Because they believe that “Fujoshi” activities are considered to be inferior to the &ldquonormal” females, they express their identities self-deprecatingly. I think this practice is a defensive communication against prejudice and is also a strategy to present their identities paradoxically.
  • 守 如子
    社会学評論
    2013年 64 巻 3 号 523-524
    発行日: 2013年
    公開日: 2014/12/31
    ジャーナル フリー
  • ポピュラー音楽研究
    2006年 10 巻 184-196
    発行日: 2006年
    公開日: 2009/10/29
    ジャーナル フリー
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