1.はじめに
阿蘇くじゅう国立公園内に立地する由布岳(1583m)の南向き斜面では,現在でも野焼きを行っており,広範にススキやネザサ,トダシバなどが優占する草原が広がっている。その草原の中には,落葉広葉樹である
カシワ
(
Quercus dentat)を主とした木本植物が疎林化しており,独特の植生景観が認められる。これら
カシワ
は火や乾燥に強く,野焼きに耐えうることができる(た)という理由から,当該地域に淘汰的に生育したものと考えられているが,それらの分布規定要因や動態などは未だ明らかになっていない。
そこで,本研究では,GPSを活用して木本植物の分布図を作成すると共に,南向き斜面において地形測量を実施した。そして,それらの結果を地理情報システム(GIS)によって比較分析することで,木本植物(以下,
カシワ
と記す)の分布規定要因を検討した。
2.調査地域概要
由布岳は大分県のほぼ中央に位置し,東は鶴見岳(1375m),南は倉木山(1160m),西は飛岳(925m)および湯布院盆地に接する双耳峰の活火山である。由布岳の噴火史については未だ議論の余地はあるが,奥野ほか(1999)によれば,由布岳の最新の噴火は約2,200年前とされている。また,調査地域である南向き斜面は,野々草火砕流の堆積斜面である(草薙・宇井,1995)。
3.研究手法
現地調査は,南向き斜面における標高760~870mの約4,500㎢の範囲で実施した。まず,調査範囲に生育する全ての
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の位置情報をGPS受信機によって計測し,分布図を作成した(1,288個体)。また,その際,各個体の胸高直径(以下,DBHと記す)および樹高を計測した。さらに,木本植物の分布規定要因を検討するため,南向き斜面において,UAV-SfM測量(多視点ステレオ写真測量)およびLiDAR測量を実施し,精密な3次元地形モデルを生成した。
なお,本研究では便宜上,DBHが10cm未満のものを小径木,10~20cm未満のものを中径木,20cm以上のものを大径木とし,樹高3m未満を低木,3~8m未満を亜高木,8m以上を高木とした。
4.結果と考察
4-1.胸高直径と樹高の関係
調査範囲に分布する
カシワ
のDBHは,中径木が最も多く(756個体:58.7%),次いで小径木が多かった(330個 体:25.6%)。一方,DBHが20cm以上の大径木の
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は,2割以下(202個体:15.7%)であった。樹高をみると,亜高木が最も多く(877個:68%),次いで低木(255個体:19%),高木(156個体:12%)の順に多かった。また,これら胸高直径と樹高は,強い正の相関関係(r = 0.78) にあることが明らかとなった(図1)。
4-2.
カシワ
の分布と地形の関係
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の樹高とDBHをクロス集計し,各個体の形状寸法を基に小木タイプ,中木タイプ,大木タイプに分類した。そして,それらと傾斜度との関係について解析した。 傾斜度と
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の関係性をみると,いずれのタイプも5~15°程度の緩傾斜地に多く立地しており(80%以上),傾斜度による分布の差異はさほど認められなかった。一方で,斜度15°以上の急傾斜地,とりわけ調査範囲に多く分布するガリー(谷状の地形:雨裂)の谷壁斜面には,大木タイプの
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が立木する傾向が認められた。 現地踏査の結果,急傾斜地(谷壁斜面上)に生育している大木タイプの多くが,巨礫に張り付くように,あるいは巨礫の割れ目に生育するという特徴を有していた。また,谷壁斜面に生育している大木タイプの
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の一部は,根曲がりが生じていた。
これら大木タイプは,調査地域において最も早くに侵入したパイオニア的な個体である。つまり,言い換えれば,谷壁斜面に生育していた個体のみ長期的に生き延びたとみなすことができる。これらの要因としては,①野焼きの影響:巨礫による火からの物理的保護,②土壌水分量や日射量の影響,③傾斜による倒伏・あて材の影響,などが考えられる。
*本研究は科研費(23K00978,代表者:小山拓志)の助成によって実施した。
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