アドヴァイタ・ヴェーダーンタ学派の学匠マドゥスーダナ・サラスヴァティー(Madhusudana Sarasvati, ca. 16th cent.)の著作には,ヒラニヤ
ガルバ
を最高神とするヒラニヤ
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派(Hairanyagarbha)に関する記述が見られる.ヒラニヤ
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はRgvedaにまで遡るほど古い神格であり,往古には最高神,世界の創造神と考えられていた.しかし,アドヴァイタ学派にとってヒラニヤ
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は二元対立の世界における創造神にすぎず,絶対者ブラフマンより低い次元の存在である.マドゥスーダナもアドヴァイタ学派に属するため,ヒラニヤ
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をそのような存在と考えていることが想定される.マドゥスーダナの宗教哲学を解明するためには,彼がブラフマンに対してヒラニヤ
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をどのような存在として位置付けているのかということを明らかにすることは重要である.本稿では,以上の点を解明する前段階として,特にヒラニヤ
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派の解脱論に対するマドゥスーダナの批判を取り上げた.ヒラニヤ
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派の解脱論は,Chandogyopanisad (ChandUp)やBrhadaranyakopanisad (BrhadUp)の五火説(pancagnividya)と神道(devayana)説に基づくものであるが,マドゥスーダナの属するアドヴァイタ学派にとって,それらは漸進解脱説に関わるものである.そのためマドゥスーダナはヒラニヤ
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派の解脱論を,漸進解脱説と対比する形で批判している.本稿の考察により,マドゥスーダナとヒラニヤ
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派の解脱論の対立は,ChandUpやBrhadUpに説かれる五火説と神道説に対する両者の解釈の相違によるものであることが指摘し得る.
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