研究の意義と概要 ソーンスェイト法による年可能蒸発散量と年実蒸発散量は日本においては,ほぼ等しいという研究がある(榧根・竹内 1971,青山 1987など)。日本では蒸発散量が多い夏季に十分な降水があるので,ソーンスェイト法の「植物に覆われ,十分に水が供給されたときの」という前提条件を満たしているからであろう。しかし北海道では6月から10月までの期間合計値については,蒸発散量=降水量―河川流出量 の値は同期間のソーンスウェイト法による可能蒸発散量よりも少ない。このことから,北海道における夏季の蒸発散量はソーンスウェイト法による可能蒸発散量より少ないと考えられる。
本研究では,メッシュ平年値(旧気候値メッシュデータ)を用いて構築した流域水収支モデルから求められる蒸発散量を,ソーンスウェイト法による可能蒸発散量と月降水量から推定できる回帰式を人工知能の機械学習から求め,グリッドデータによる分布図を作成した。地域特性を明らかにすることを目的とする。
対象流域 北海道の空知川赤平流量観測所上流域を対象とした。流域面積は2531k㎡(国土交通省)である。
使用データ 気候データ(気温・降水量)としては最新のメッシュ平年値2010(気象庁)を用いた。河川流量データとしては赤平流量観測所の流量データ(国土交通省)を1981~2010年の期間で集計し使用した。
手法 流域水収支モデルはC++(Microsoft Visual Studio Express 2013)を用いて記述し,
コンソールアプリケーション
としてコンパイルしたものを利用した。また,月単位の蒸発散量の推定式の構築には,ディープラーニング対応の機械学習・人工知能ライブラリであるTensorFlow(Google)を用いて算出させた。算出させるための学習アルゴリズムはPythonで記述した。
流域水収支モデルの構築と結果 流域水収支モデルは,グリッドごとに配置した降雪・積雪・融雪モデルを備えたタンクモデルから出力される流出量を流域単位で集計するものである。モデルで用いられるパラメータ値は,沼尻(2008)の値を参考にして,最適値を探査した。最適パラメータ値を採用した流域水収支モデルによって,流域水収支を精度良く近似できている。
蒸発散量推定式の構築 このタンクモデルが算出する蒸発散量(降水量-流出量)は,タンク内に貯留された水とタンクの深さの比に応じて計算されている。流域水収支モデルの流出量と河川流量データとの相関係数は0.96であることから,タンクモデルの算出する蒸発散量は可能蒸発散量よりも現実に近い値と考えられる。そこで,可能蒸発散量と降水量を説明変数にした重回帰式を構築し,6月から10月までの流域内の蒸発散量を推定した。また,グリッドデータを作成し分布を明らかにした。
この推定式によって,流域水収支モデルを用いなくとも蒸発散量を推定することができた。
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