【目的】
近年、中高年スポーツの活発化に伴い、人工関節置換術後にスポーツ活動やレクリエーションへの復帰を望む症例も少なくない。人工関節置換術後のスポーツ活動は、コンタクトスポーツやジャンプ動作を含むスポーツ以外への参加が許可される場合が多い。当院でも、これまでに人工関節置換術後にゴルフやテニス活動を再開した症例が存在する。今回、人工股関節置換術(以下、THA)後に、スキューバダイビング(以下SD)を再開した1症例を経験したので、SDを行う事が可能な術後身体機能と、THA後患者のSDにおける動作の注意点に対して考察を加えて報告する。
【方法】
症例は、変形性股関節症により左THAを行った57歳女性、身長164.3cm、体重56kg、SD歴は8年(約200本)。術式は MIS後方アプローチ、機種はSTRYKER社製、セメントレスであった。SD再開日時の10日前に医師の許可がおりSDを実施した。
身体機能評価は、術前・退院時(術後3週)・SD前1週(術後6ヶ月)に関節可動域テスト(以下、ROM-t)・等尺性筋力(膝関節伸展、股関節外転)・Functional Balance Scale(以下、FBS)、SD前に重心動揺計にて開眼片脚立位(15秒)の軌跡長・外周面積を測定した。
筋力は、膝関節伸展には徒手筋力測定器アニマ社製μtas F-1、股関節外転には徒手筋力測定器日本MEDIX社製Micro-Fetを用いた。また、重心動揺計の測定には、Finggal linc社製のWinPodを用いた。
【説明と同意】
本研究について、症例に対し十分な説明を行い同意を得た。
【結果】
再開SD当日のコンディションは、水温:25.5度、最大深度:6.1m、潜水時間:49min、天気:曇/雨、透明度:5m、ボートダイブであった。
股関節の関節可動域は、SD1週前(以下、1w前)は屈曲90度、伸展10度、外転25度、内転15度、外旋60度、内旋10度であった。術前より低下した可動域は内旋(術前35度)のみであり他は改善していた。1w前の患側(健側)膝関節筋力は、屈曲90度:240.3(218.7)N、屈曲60度:291.7(222.7)N、屈曲30度:216.7(213.7)Nであり、患側筋力は、術前と比較すると1.5倍から約2倍に増加した。1w前の患側(健側)股関節外転筋力は173.7(193)Nであり、術前と比較して2倍以上増加した。1w前のFBSは、術前54/56点(1回転・片脚立位にて減点)、術後56/56点であった。1w前の重心動揺計による測定の結果は、軌跡長:691.0mm(健側:646.6mm)、外周面積:257.8mm
2(健側:255mm
2)であった。
SDの方法は、ウェットスーツは港で更衣し、機材の運搬はガイドおよびバディが行った。エントリーは梯子を使用。水面上にてガイドによりBC・フィンを装着してもらい潜水した。エキジットも水面上でBC・フィンを外し、梯子を昇りエキジットをした。エントリーは、最終的にはバックロールエントリーも可能となった。
【考察】
人工関節置換術後のSDについては、Divers Alert Network(以下、DAN)等のHPから、SD再開の条件として、1)筋力と十分な関節可動域、2)ADLの制限が介助されている事、3)人工関節置換後のリハビリテーションが終了している事、4)SDに必要な装備を背負って歩ける事、5)エキジット時の梯子を上れる事等が挙げられている。また、人工関節そのものに関しては、水圧や深度の影響を受けないと述べられている。重心動揺計にて測定した本症例の軌跡長・外周面積・膝伸展筋力は、鈴木哲らによる健常人の軌跡長・外周面積の値366.1±69.6mm・268.1±103.4mm
2、平澤らの健常人の膝伸展筋力体重比59.0±12.1と比較すると劣っていたが、筋力が健側以上に改善されており、上記の項目を満たしているため、SDを再開した。
Scubadoc’s Diving MedicineのHPにおいて、エントリー前にBCを装備し歩行すること、BCを装備したままエキジット時に梯子を上ることが、人工関節置換術後のSD再開の妨げになるだろうと述べている。そのため、エキジット時にはBC等を水中で外し、ボートへ上がる際に介助を依頼することを推奨している。
今回の症例もエキジットは水中でBCを外し、船上へ上がる梯子を利用した。また、エントリーは、1回目はBCを装備しての船上歩行を避けるために、海水面上でガイドにBCを装着してもらったが、2回目からは、船の端に腰掛けBCを座位にて装備しバックロールにてエントリーを行った。このようにすることで船上において歩行する機会を極力控えた。
以上のように、今回の症例のSD動作を行った。
【まとめ】
今回の報告において、THA後のSD動作はDAN等に記載されている能力を有していることで可能となる事を再度確認した。また、船上でのバランス能力に関しては、今後検討していく必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
今回の報告は、THA後患者のSD動作についての一助となると考える。
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