ガラスとは,乱れた固体を指す言葉である.液体状態を急激に冷却することにより,液体の乱れた構造が固まり,そしてガラス固体に変化する.このガラス転移は,長年にわたる未解決問題として取り上げられ,多くの物理学の知見を総動員した研究が行われてきた.
ガラス動力学に対して支配的な要因は,それぞれの粒子が閉じ込められた空間(ケージ)内で運動する熱ゆらぎが誘起する,断続的なケージ間ジャンプ運動であると考えられている.近接粒子数が増えるほど個別粒子の置かれたケージ環境が平均場として扱いやすくなることから,近年のガラス物理の分野では3次元より次元を上げたときの振る舞いに関心が集まってきた.
その一方で,次元を下げた2次元ガラスの性質は,3次元と本質的に変わらないと考えられてきている.そのため,2次元特有の長いスケールのゆらぎはないという共通了解が存在していた.しかし,結晶,流体,磁性体などにおいて,2次元では3次元と本質的に異なる熱ゆらぎがしばしば見られる.多くの2次元系では,その空間自由度が少ないという制約により,広い空間スケールを覆う巨大熱ゆらぎが発生する(Mermin-Wagnerの定理)ことで,3次元系とは全く異なる特有の相転移がもたらされるのである.
2次元結晶状態に対しては音波振動の熱ゆらぎを弾性体として扱うデバイ模型によって記述できることが,Mermin-Wagnerの定理の成立の理由である.もしもガラスが弾性固体であるならば,2次元のガラスについてもデバイ模型と同じ議論ができないだろうか?
そこで我々は2次元のガラスにおいて熱ゆらぎが3次元とどう変わるのか,急冷されたガラス性液体の過冷却状態のシミュレーションから探った.その結果,2次元のガラスは,2次元結晶と同じ由来を持つ巨大熱ゆらぎを示すことが明らかになった.一方で,ガラスの遅い緩和自体はケージ間のジャンプ運動に由来することも,粒子間の相対運動の時空間分布を解析することで判明した.このことは,低次元ガラスの緩和動力学を解析するには,巨大熱ゆらぎを分離する必要があることを示している.
本研究は,時間に依存する物理量に積極的に着目すれば物理現象が理解しやすくなる例となっている.また,今後の低次元系特有のガラス転移の性質を探求する新たな出発点となると考えられる.長時間の動力学に直接影響する2次元ガラスの巨大熱ゆらぎは一般性が高く,多くの低次元ランダム系においても存在が期待される.
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