【はじめに】日本全国における農作業事故の実態は不明のままである。唯一、死亡事故については毎年農水省からの発表で、その実態が明らかにされているが、その発生件数に殆ど変化がないのが現状である。そして、農業従事者が減少していっている中で死亡事故発生率は、年々上昇していることが伺われる。負傷事故を含めた農作業事故調査で、全国的な規模で実施されたものとしては、平成13年~14年の全共連の委託研究「農機具による事故災害の実態とその予防対策についての研究」(主任研究者;清水茂文 日本農村医学研究所所長)があるだけである。これまでにも、この研究の共同研究者の一人として研究内容の一部について当学会をはじめ、産業衛生学会のジンポジウムなどで発表してきている。今回、この調査資料の事故事例を見直し、農業従事者の農業機械使用時のヒヤリハット経験や安全意識との関連などについて検討した。
【調査方法】全共連の委託研究のデータ集(全国9道県における農作業事故災害例10,636件)の中から、死亡や事故件数の多い農業機械(主に乗用
トラクター
、草刈機、コンハ゛イン)について事故発生時のエンシ゛ンの回転の有無別に発症年齢、作業内容、事故状況などについて解析した(但し、誌面の都合上、乗用
トラクター
のみについて記載する)。また農業機械使用時における安全使用への配慮やヒヤリハット経験などに関しては、福岡県南部のN農協管内(正組合員約12,000名)の組合員を対象に実施した調査結果を用いた。
【結果】1.乗用
トラクター
による事故災害:事故例528件中、220件(41.7%)がエンシ゛ンの回転(+)であり、308件(58.3%)がエンシ゛ンの回転(-)で起きたものであった。年代別に見ると、若い世代ではエンシ゛ンの回転(-)で起きたものが多いのに対して、高齢世代ではエンシ゛ンの回転(+)で起きたものが多くなっていた。エンシ゛ン回転(+)では、事故当時の作業内容は
トラクター
の移動時が73件で最も多く、次いで耕耘作業中が61件、点検整備中が8件、植付け・播種中が8件などであった。事故状況は
トラクター
と一緒に転落が47件で最も多く、次いで
トラクター
に轢かれる(下敷き)が29件、他車に追突される(交通事故)が26件、
トラクター
に挟まれが21件、
トラクター
に巻き込まれが19件などであった。これを年代別で見ると、作業内容では40歳代までは
トラクター
の移動時、50歳代では耕耘作業中、60歳代では移動時、70歳代以上では移動時と耕耘作業中が最も多くなっていた。事故状況としては、40歳未満では
トラクター
と転落および轢かれる、40歳代では
トラクター
と転落および挟まれ、50歳代では
トラクター
に轢かれると熱源(ラシ゛エター)に接触、60歳代以上では
トラクター
と一緒に転落が多かった。次にエンシ゛ン(-)では、
トラクター
への付属機の取付け中が74件で最も多く、次いで耕耘作業中が32件、付属機の取外し中が23件、点検整備中が13件などであった。事故状況としては、挟まれが75件で最も多く、次いで機械にぶつかるが56件、機械から転落が53件、物・機械が落ちてくるが28件などであった。これを年代別で見ると、作業内容では60歳代までは付属機の取付け中、70歳代以上では耕耘作業中が最も多くなっていた。事故状況としては、50歳代までは挟まれ、60歳代では機械にぶつかる、70歳代以上では挟まれが多かった。
2.ヒヤリハット経験:乗用
トラクター
使用者2,088名中、ヒヤリハット経験者は875名(41.9%)であった。具体的な内容としては、田畑の昇降路を上がる時が31.6%と最も多く、次いで田畑の昇降路を下りる時が22.0%、傾斜地での作業中が5.0%、路上走行中、カーフ゛でが4.0%、坂道を走行中が2.9%、直線の路上を走行中が1.8%、作業付属機の取り替え時が1.5%、平らな田畑内での作業中が1.1%、機械の点検整備中が1.0%、機械の清掃中が0.7%などであった。
【まとめ】乗用
トラクター
については、高齢になるほどエンシ゛ンの回転時、具体的には機械の移動時や耕耘作業中に事故災害を起こしており、
トラクター
の運転操作において問題があることが伺われた。また従来より事故を起こす背景には、ヒヤリハット経験があり、農作業事故防止のためにはこの経験を追求することが大事であると言われている。しかし、乗用
トラクター
については、ヒヤリハット経験の延長上に農作業事故災害があるとは必ずしも言えないことが明らかとなった。エンシ゛ン回転(+)では、事故状況として
トラクターと一緒に転落やトラクター
の下敷きが多く、予防対策としてシートベルトの装着の有効性が示唆される。
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