1.目的 地質環境と植物とに関する研究は,高木の生育が困難な高山において主として行われ,森林の成立する低山地での研究は限られている。また,主に植物社会学的な方法で研究が行われ,
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およびハビタットなど種社会学的な視点からの研究を行ったものはみられない。そこで本研究は,三波川帯に属する構造山地であり,関東平野や丘陵地と隣接している外秩父山地の低山地に焦点を当て,群落の構造を構成種の限界樹高の軸からみた空間的
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について解析を行った。2.材料および方法(1) 調査地および調査方法 調査は埼玉県外秩父山地の特殊岩立地である蛇紋岩立地(大里郡寄居町釜伏山582m,秩父郡皆野町荻根山591m)および結晶片岩立地(大里郡寄居町花山450m)において行った。なお,本研究における特殊岩立地とは,植物の根系が特殊岩の基岩もしくは,風化したC層に直に接している立地と定義した。2002年6月から8月にかけて毎木調査を行い,群落の最高樹高を一辺とするような方形の調査区を設置した。調査区内に生育する全樹木種について種ごとの最高樹高を持つ個体の樹高と胸高直径を記録した。胸高直径は地上高120cmで計測し,その高さに満たないものに関しては樹高のみ記録した。(2) 順位係数 樹木の空間優占の視点からの
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をとらえるために,極相(二次林にあたっては限界樹高に達した森林)における調査プロット,または調査ベルト内の最高の樹高を100年,当該調査地内に生育する全樹種について種ごとの最高樹高の当該調査地最高樹高に対する比率と定義される順位係数の概念を用いた(渡邊,1985)。また,限界樹高の判断の際には,調査地ごとに樹高曲線を作成し,樹高曲線の最大値の8割に相当する樹高に達した胸高直径をもって限界樹高に達したものとみなした。(3)
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に関する統計量の定義横軸に資源変数,縦軸に利用度をとった種1と種2の各々の正規分布において,μ1(平均値)は種1の
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の位置,ω1(標準偏差)は種1の
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の幅,d(種1と種2の
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間距離)は
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の分化,d/ω(
ニッチの幅により補正したニッチ
間の距離,値が大きいほど
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の重複度は小さい)は種1と種2の
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の重複と定義する(渡邊,1994)。3.結果および考察 蛇紋岩立地および結晶片岩立地において普遍的にみられたコナラ,リョウブ,ミツバツツジについて,順位係数の軸よりとらえた
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の解析を行った。蛇紋岩立地における3種の空間分布を図-1に示す。
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の位置は,コナラ97.1,リョウブ57.6,ミツバツツジ21.3であった。
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の幅は,コナラ6.7,リョウブ17.0,ミツバツツジ5.6であり,リョウブの
ニッチ
の幅が大きい。
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の分化は,コナラ・リョウブ間が39.5,コナラ・ミツバツツジ間が75.8,リョウブ・ミツバツツジ間が36.3であった。コナラの
ニッチ
の重複は,リョウブとの間で5.9,ミツバツツジとの間で11.3であり,リョウブとの重複度が大きい。リョウブの
ニッチ
の重複は,コナラとの間で2.3,ミツバツツジとの間で2.1であり,両者との重複度が大きい。ミツバツツジの
ニッチ
の重複は,コナラとの間で13.5,リョウブとの間で6.5であり,リョウブとの重複度が大きいことが明らかとなった。 次に,結晶片岩立地における3種の空間分布を図-2に示す。
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の位置は,コナラ98.5,リョウブ65.8,ミツバツツジ24.8であった。
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の幅は,コナラ4.2,リョウブ13.6,ミツバツツジ8.6であり,リョウブとミツバツツジの
ニッチ
の幅が大きい。
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の分化は,コナラ・リョウブ間が32.7,コナラ・ミツバツツジ間が73.7,リョウブ・ミツバツツジ間が41.0であった。コナラの
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の重複は,リョウブとの間で7.8,ミツバツツジとの間で17.5であり,リョウブとの重複度が大きい。リョウブの
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の重複は,コナラとの間で2.4,ミツバツツジとの間で3.0であり,両者との重複度が大きい。ミツバツツジの
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の重複は,コナラとの間で8.6,リョウブとの間で4.8であり,リョウブとの重複度が大きいことが明らかとなった。 蛇紋岩立地および結晶片岩立地の空間分布の比較から,結晶片岩立地においてミツバツツジの
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の幅が大きくなり,コナラおよびリョウブの
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の幅が小さくなることが明らかとなった。また,リョウブが結晶片岩立地において,より上位の空間を占めることが明らかとなった。上層を占めるコナラ,下層を占めるミツバツツジと比べ,中層を占めるリョウブで空間的な地位に大きな差がみられたことから,空間分布構造の違いは群落の中層部で顕著に現れることが示唆された。
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