限界樹高軸から種間関係をとらえる 1.はじめに九州北西部に位置する多良山系の経ヶ岳からタワラギ山の山頂部には分布西限となるブナ林が成立しているが、その動態は1つの山岳内という狭い地域内においても様々に異なる。特に斜面方位によって、ブナとアカガシ、シキミ、
ハイノ
キなどの暖温帯性の種との混生の仕方に違いがみられ、結果としてブナの樹高は3.5__から__17mまで変化し、分布の仕方に変化がみられる。したがって、他種との関係がその種の分布動態に及ぼす影響にも考慮する必要がある。そこで本研究では、ブナの分布パターンをとらえることを目的として、タワラギ山における立地環境の違いによってブナと他種との関係がどの様に変化するかの解析を行う。2.材料および方法(1)調査および調査方法 調査地は多良山系タワラギ山(1040m)のブナ林である。ほぼ山頂部一周を網羅するように10×10mまたは10×20mの帯状プロットを計47個設置し、2001年9月と2002年の8月に主要構成種について樹高・胸高直径を測定した。(2)立地環境の違いのとらえ方立地環境を構成している水分、温度、地質などの物理化学的な要素は相互に関連し合って植物に影響を与えている。このため、植物にとっての立地環境の違いはそれら様々な要素の総合の影響が異なるかどうかによって判断されるべきである。ひとつの群落において、その種の獲得できる最大の樹高すなわち限界樹高は、その種にとっての土地生産力を指標することが知られている(2)。土地生産力とは、物理化学的な要素が相互に関連し合った結果として決定されるものであると考えられるため、地域間において限界樹高が異なることは、その種にとっての立地環境が異なることを示している。このことから限界樹高は、その種にとっての立地環境の違いを示す生物ものさし(ファイトメータ)であるといえる。本研究ではこの限界樹高の違いから立地環境の違いをとらえる。対象とする領域内における各群落の限界樹高の変化を表す数値としてhabitat示数を定義する。habitat示数とは、群落ごとにその種の限界樹高が相対的にどの程度変化したのかを表し、値が100に近いほどそこの立地環境がその種にとって高い生産性を有しているといえる。今回は各群落においてブナのhabitat示数を算出し、0_から20:1、20から40:2、40から60:3、60から80:4、80から100:5として、ブナにとっての立地環境を5つに区分した。(3)立地環境の違いによる種間関係の変化の解析5つに区分した立地環境の各区分において、ブナと他種との関係の変化をみるために、niche示数、胸高断面積合計(以下BA)、個体数割合の3つの面から検討した。群落内で上層に生育する個体ほど光を十分に受け、空間的にも優占の地位を獲得できることから、樹高の大小は空間の占有という面からみた種同士の優劣関係を表す。niche示数(1)とは、ひとつの群落における種同士の優劣関係を表す尺度であり、群落の全植物個体のうち最も樹高の高い個体を100とした場合の各種ごとの限界樹高の相対値で与えられる。値が100に近いほどその群落で上層つまり空間的に優占しているといえる。BAと個体数割合も群落内での種の優占性を表す主要な尺度である。今回、BAについては、プロットごとにそれぞれの種のBAがプロットの全BA量の何%を占めるのかを求めた。個体数割合については、プロットごとにそれぞれの種の個体数がプロットの全植物個体数の何%を占めるのかとして算出した。3.結果および考察 立地環境の違いによるブナとの種間関係の変化は、その種が冷温帯性の種であるか暖温帯性の種であるかによって、また主に高木層を構成する種であるか低木層にもぐりこむ種かによって傾向が分かれた。冷温帯性の種同士であるブナとコハウチワカエデの関係は、niche示数、BA、個体数割合のいずれにおいても立地環境にかかわらず一定であった。対して、暖温帯性の種であるアカガシとブナは、立地環境の違いによりniche示数とBAの大小関係が逆転するほど大きく変化する。しかし、個体数割合の関係には変化はなかった。アカガシの場合、立地環境の違いに対して個体数割合は変化しないが、BAは変化する。このことより、アカガシはブナの動態に対して幹の太さが変化していく。同じ暖温帯性の種であるが主に低木層に生育する
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キとブナとの関係は、niche示数、BA、個体数割合のいずれにおいても立地環境による変化がみられた。
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キの場合、立地環境の違いに対してBAは変化しないが、個体数割合は変化する。このことより、
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キはブナの動態に対して幹の太さではなく個体数が変化していく。なぜアカガシと
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キとでは、ブナにとっての立地環境の違いによって変化する項目が異なるのか、またアカガシの幹の太さや
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キの個体数はブナにとってどの様な影響をもつのかについては今後検討する。
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