【目的】バレエは一般に芸術の一分野と認識されているが、跳躍や回転動作、過度の柔軟性などが総合的に求められる比較的運動強度の高い活動である。バレエでは「歩く、走る、跳ぶ」という基本動作すべてに見た目の美しさが求められ、日常生活の場面とは異なる技法を用いる。とりわけジャンプ着地では高い衝撃を受けることから、動作そのものの鍛錬を長年にわたり積み重ねる必要があり、熟練したダンサーは高い衝撃緩衝能力を体得していると考えられる。しかし、バレエの技術が未熟であったり、演技中にも疲労などでうまく衝撃を吸収できなくなった場合、腰部や骨盤部に多大な負担がかかり腰痛を誘発するとの意見がある(横尾ら、2003)。そこで本研究では、ジャンプ着地時に腰部へ加わる衝撃を加速度計を用いて測定し、
バレエダンサー
は一般人と比べ衝撃緩衝能力が高いのか確認することを目的とした。
【方法】対象は、現在下肢に整形外科疾患がなく、クラシックおよびモダンバレエ歴10年以上の女性
バレエダンサー
5名(以下、バレエ群)と健康な成人女性5名(以下、対照群)とした。対象者の年齢、身長、体重の平均±標準偏差はバレエ群で20.4±1.7歳、158.2±4.5cm、47.7±4.0kg、対照群で21.8±0.4歳、159.6±7.7cm、52.7±6.6kgであり、両群間に有意な差は認められなかった。課題は30cmの台上から前方への両足着地動作とし、通常の着地(以下、land)、静かに着地(以下、silent land)、両上肢最大挙上で体幹を前後傾中間位に保持し静かに着地(以下、raise up land)、の3条件を設定した。前者2条件については開始肢位として代償動作を除くために上肢を胸の前で組み、測定前に各条件で十分に練習を行った。衝撃の測定には3軸加速度計(AMSystem、ネイチャーコアサイエンス株式会社製)を用い、3個の加速度センサーを腰部(L2付近)、左右大転子の1横指後方に取り付けた。加速度は体重で除し、体重の影響を除外した。2群の比較には対応のないt検定、各群内での条件間の比較には対応のあるt検定を用い、危険率5%未満を有意とした。
【説明と同意】対象には、目的や方法などを十分説明した後、署名にて同意を得た。なお、本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て行った(承認番号0944)。
【結果】腰部に加わる加速度は、landにおいてバレエ群で上下方向0.58±0.12 G/kg、前後方向0.32±0.06 G/kgとなり、対照群で上下方向0.61±0.10 G/kg、前後方向0.33±0.10 G/kgとなった。silent landではバレエ群で各々0.40±0.08 G/kg、0.29±0.07 G/kgとなり、対照群で各々0.50±0.12 G/kg、0.38±0.24 G/kgとなった。raise up landではバレエ群で各々0.38±0.10 G/kg、0.32±0.11 G/kgとなり、対照群で各々0.57±0.18 G/kg、0.34±0.12 G/kgとなった。バレエ群ではlandからsilent land、raise up landへと上下方向の加速度が減少傾向を示し、特にlandとsilent land間の減少は有意であった(p<0.05)。前後方向は3条件で明らかな変化がみられなかった。対照群ではlandとraise up landの加速度は上下、前後方向それぞれ同等となった。silent landはland、raise up landと比較し上下方向は減少、前後方向は増加する傾向にあった。左右大転子の上下方向に加わる加速度の詳細は略すが、バレエ群では両側ともlandからsilent land、raise up landへと減少する傾向にあり、腰部の上下方向に加わる加速度と同様の傾向が確認できた。対照群では一定の傾向がみられなかった。
【考察】今回、加速度計を用い、ジャンプ着地時に腰部に加わる衝撃を測定した。バレエでは常に体幹姿勢を崩さないよう意識して踊ることから、本研究ではsilent landの他に、比較的体幹が固定されるraise up landを設定した。対象が各群5名と限られた範囲であり、2群間で有意差は認められなかった。対照群ではsilent landで腰部に加わる加速度がland、raise up landと異なることから、着地時に体幹を屈曲し、腰部の上下方向に加わる衝撃を分散させていることが考えられた。一方、バレエ群では腰部の上下方向でland、silent land、raise up landへと加速度の減少がみられ、前後方向は条件間で差がないため、体幹の屈曲・伸展運動ではなく他の部位を用いて衝撃を吸収し、腰部への負担を減じていると考えた。左右大転子の上下方向の加速度でも減少傾向がみられることから股関節の貢献も少なく、その分、膝・足関節の負担で衝撃を吸収している可能性があると考えた。
【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から、
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は着地方法の違いにより腰部への負担を減じる能力が高いことが考えられた。今後、
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のジャンプ着地時の膝・足関節に加わる衝撃を明らかにしていくことで、バレエ初心者も含め、ダンサーに対してより具体的な指導が可能になると考える。
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