シェーカーワーティー地方には、この地を故郷とする商業集団マールワーリーによって、1830年代から1930年代にかけて邸宅建築ハヴェーリーが盛んに建てられた。ハヴェーリーを飾る壁画の様式的特徴は、1900年以前と以後の二期に大別される。一般に、前者は土着の伝統を保持するもの、後者は印刷複製画の模倣表現が支配的で伝統を破壊するものと捉えられてきた。
しかし、本稿における図像解釈の結果、1900年以前の壁画にはカーリーガート画など植民地インドの新たな視覚文化の影響が確認された。そして、この時期の壁画を土着の伝統であるとみる価値判断が、同時代の植民地権力による文化行政方針をルーツとしていることが判明した。
一方で、1900年以降の壁画には印刷複製画の模写が多く確認され、これもまたオレオグラフなど同時代の新たな視覚文化の影響によるものである。大衆美術からの影響という点で、1900年以前/以後のハヴェーリーは断絶よりも様式的連続性をもつということができる。そしてこの様式的変遷は、英領インド期に商人から産業資本家へと成長したマールワーリーのアイデンティティ変容を映し出してもいる。
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