1.研究の背景
モンゴル半乾燥草原において,過放牧によって土壌侵食が増加し,土地荒廃の進行が指摘されている。しかし,これらの地域では,土壌侵食についての観測データが限られており,草原の土壌侵食の実態は明らかになっていない。
近年,欧米諸国を中心として,土壌中の放射性同位体の存在量から,過去の土壌侵食履歴を推定する手法が用いられている。最近では,従来のセシウム-137の代わりに,鉛-210を用いた研究が報告されている(Walling et al.,2003)。
そこで本研究は,セシウム-137と鉛-210を用いて,モンゴル半乾燥草原の放牧の状況が異なる二つの地域の土壌侵食量を推定し,長期的な放牧圧の違いが土壌侵食履歴に及ぼす影響を明らかにした。
2.研究地域と方法
モンゴル国の北東部を流れる
ヘルレン川
流域の,放牧の状況が異なる二つの地域にそれぞれ試験流域を選定した。ひとつはヘルレンバヤンウラン(KBU;6.9 ha)で,冬季に積雪が少ないため,放牧家畜の越冬地として古くから放牧圧が高い地域である。もうひとつはバガノール(BGN;7.6 ha)で,ここ十数年に放牧家畜の頭数が増加している地域である。
セシウム-137と鉛-210の空間分布を明らかにするために,それぞれの試験流域内の50地点において30cm深の土壌コアを採取した。また,調査地域における放射性核種の降下量を明らかにするために,リファレンスサイト(侵食も堆積も起きていない地点)において土壌コアを採取した。採取した土壌は,105ºCで24時間乾燥させた後,2 mmのふるいにかけた。ふるい通過分を測定用の容器に封入した後,Nタイプ・ゲルマニウムγ線検出器(EGC25-195-R,Canberra,France)を用いて12時間測定し,それぞれの核種の濃度を測定した。土壌侵食量は,移行拡散モデル(He and Walling,1997)を用いて,大気中からの降下量に対する放射性同位体存在量の増減率を土壌侵食量に変換した。
3.結果と考察
土壌中のセシウム-137の分析から推定した土壌侵食量は,放牧圧が高いKBUで多く,放牧圧が低いBGNでは少なかった。また,鉛-210の分析からも同様の結果が得られた。試験流域内で侵食された土砂のうち,試験流域外に流出する土砂の割合(土砂輸送率)は,セシウム-137の分析結果からBGNで82 %だったのに対し,KBUでは97 %だった。一方,鉛-210の分析から推定した土砂輸送率は,KBUではセシウム-137の結果と比べて高かったが,BGNでは低い値を示した。放射性同位体を用いた土壌侵食量の推定手法は,侵食土砂が速やかに流亡することを前提としており,Fukuyama et al.(Submitted)によれば,侵食速度が遅い斜面では,定常的に大気中から降下する鉛-210の影響を受けて土壌中の濃度が増加することが指摘されている。BGNでは斜面下方にいくにつれて鉛-210濃度が増加し,それは雨滴衝撃やシートフローによってゆっくりと土砂が運ばれるため(Onda et al., 2006),大気中からの新たな鉛-210が付加したことに起因すると考えられる。このことは,BGNにおいて,鉛-210から推定した土砂輸送率がセシウム-137よりも小さく見積もられた原因と考えられ,BGNのように侵食された土砂がゆっくりと移動するような環境では,鉛-210では土壌侵食量を正しく評価できないことが示された。
<参考文献>
Fukuyama et al.. Journal of Geophysical Research, submitted.
He, Q., & Walling, D.E. (1997). Applied Radiation and Isotopes, 48(5), 677-690.
Onda et al. (2006). Journal of Hydrology, in press.
Walling et al. (2003). Geomorphology, 52, 193-213.
抄録全体を表示