【目的】
1844年にWeberは「一側上肢でのペン訓練によって対側の鏡像文字が上達した」と述べた。これは通常の
ペン習字
を重ねているうちに訓練されていない左手においても,アルファベットを鏡像的に書きやすいことを見出したものである。また,1894年にScriptureらは,運動のコントロールおよび筋力増加の目的の下で一肢の練習がなされる時,他肢にもその効果が及ぶことを見出し,これをCross educationと呼んだ。Cross educationに関する先行研究では,筋力強化による対側肢筋力への効果が示唆されているものの(Fimland,2009),バランスについてはまだよくわかっていない。そこで,本研究では一側下肢に動的バランストレーニングを行った上で,1)対側下肢への効果を検証すること,2)バランスに影響を及ぼす因子を検討することを目的とした。
【方法】
健常成人15名(男性7名,女性8名,年齢21.9±0.5歳,身長164.6±8.8cm,体重59.9±10.1kg)を対象とした。
介入は,閉眼条件で支持脚のみに揺動刺激装置(シェイキングボード:オージー技研株式会社製水平揺動運動装置 GB-700)を用い動的バランストレーニングを1日6分間,計5日間行った。その際,上肢及び股関節によるバランス戦略を制限するために,上肢は前胸部で交叉し,股関節は両大腿部をロープで固定することで屈曲・外転・伸展等の運動を制限した。介入前後のアウトカムとして,両側の1)揺動刺激片脚立位時間,2)重心動揺(クロステスト変法)を測定した。また,両側の3)足関節ROM(背屈・底屈・内反・外反),4)足関節底屈筋力を説明変数として介入前後に測定した。重心動揺は重心動揺計(アニマ株式会社製グラビコーダGS-7),筋力はハンドヘルドダイナモメーター(アニマ株式会社製ミュータス F-1)を使用し計測を行った。
なお1)は,介入と同じ条件でまず測定前に十分に練習を行うことで,慣化時間を保証した。そして,被検者の合図により計測の開始とした。計測は,遊脚側の地面への接地や身体の機械への接地で終了とし, 2回の平均を測定値とした。
2)は,介入と同じ肢位にて,開眼で1m前方の指標を注視した状態で前・後・内・外の順序でそれぞれ10秒間保持し,その時の足圧中心位置の平均値より前後移動距離,内外移動距離を算出した。
4)は,腹臥位,膝関節屈曲115°,足関節15°となるようベルトで固定し,センサーは中足骨遠位部に固定した。測定中はセンサー部のずれを防止するために把持した。5秒の測定を30秒の間隔をおいて2回実施し,最大値を測定値とした。
統計処理は,介入前後での1)~4)を比較する目的で,対応のあるt検定を用いた。また,アウトカムの変化に有意に寄与する説明変数を同定する目的で,重回帰分析を行った。有意水準は5%とした。
【説明と同意】
対象者には研究についての適切な説明を行い,十分に理解した上で書面にて同意を得た。
【結果】
揺動刺激片脚立位時間1)・足関節底屈筋力4)は,介入後において介入側・非介入側共に有意に増加した( 1)介入側:p=0.001,非介入側:p=0.004 2)介入側:p=0.042,非介入側:p=0.047)。一方,足関節ROM・重心動揺においては,介入前後で差は認められなかった。また重回帰分析の結果,介入側においては身長と底屈筋力が有意に1)の左右方向のバランスを説明しており(身長:p=0.028,底屈筋力:p=0.017),底屈筋力が向上するにつれ左右方向へのバランスが低下した。一方,非介入側のバランス向上に関与する因子は抽出されなかった。
【考察】
一側下肢に動的バランストレーニングを行うことで,対側下肢のバランスは向上しCross educationの効果が認められた。バランスには様々な因子が存在するが,今回バランスが向上した理由のひとつとして,筋力や可動域が抽出されなかったこと,および介入前後での視覚条件や上・下肢の運動制限を同一にしたことから,他の因子の存在が示唆される。Leeら(2007)によれば,その要因のひとつとしてニューラルアダプテーションが何らかの影響を及ぼしたことが推測される。また,介入側の底屈筋力向上とバランス低下の関係においては,筋出力が向上したために相対的に内・外反方向への筋出力が小さくなり,左右へのバランス戦略が行いづらくなった可能性が示唆された。
本研究では,ニューラルアダプテーションがバランスに影響を及ぼしたことを実証できていないことが研究の限界であり,今後はそれらを検討していく必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
片麻痺患者等の転倒の原因には様々な因子が存在するが,その中でも動的バランス機能の低下が大きく関与する。本研究結果を障害者に適用することは限界があるものの,健側に対するバランストレーニングが患側に何らかの作用をする可能性を本研究は提示したと考える。
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