【目的】近年,運動実行と運動観察において共通に賦活するミラーニューロン(以下,MN)の特性を利用した運動観察療法の有効性を示す報告が数多くなされている(Ertelt 2007)。一方で,運動観察に反応するのみならず,運動に伴う音に反応する視聴覚MNがサルの下前頭回で発見され(Kohler 2002),ヒトにおいてもその存在が明らかにされている(Lahav 2007)。しかしながら,ヒトの歩行における視聴覚MNの存在は調べられていない。そこで本研究では,歩行時と歩行観察時,および歩行に伴う足音の聴取において,同様の賦活が得られる領域について,機能的近赤外分光法(functional near-infrared spectroscopy;以下,fNIRS)を使用して調査した。
【方法】対象:健常成人10名(平均年齢 ± 標準偏差:24.9 ± 3.1)。脳血流酸素動態の測定にはfNIRS(島津製作所,FOIRE-3000)を使用。課題は,以下の5条件で実施した。条件1:歩行(速度4km/hでのトレッドミル歩行),条件2:歩行観察(他者が速度約4km/hで歩行しているのを矢状面で撮影した動画をパソコンにて再生し観察,音なし),条件3:無意味図形の動画観察(音なし),条件4:足音聴取(速度4km/hで歩行中の足音を
ボイスレコーダー
にて録音したものをヘッドホンから聴取,閉眼),条件5:メトロノーム音聴取(メトロノーム音を
ボイスレコーダー
にて録音したものをヘッドホンから聴取,閉眼)。27個の送受光プローブを,横9×縦3の1ブロックで配列することで,測定チャンネルを42個作成し,頭頂中心より前方の1次運動野,補足運動野,運動前野などの運動関連領野が存在する前頭葉を覆うように装着した。測定時間は,安静30秒,課題30秒,安静30秒を1セットとし,3セット施行した。サンプリングレートは1秒間に8Hzとした。抽出パラメーターは酸素化ヘモグロビン値(oxy Hb)とした。解析は,3回の課題時(課題終了前の20秒間)のoxy Hbの加算平均値から3回の安静時(課題開始前の20秒間)のoxy Hbの加算平均値を減算した値を,3回の安静時(課題開始前の20秒間)のoxy Hbの加算平均値の標準偏差で除すことで効果量(effect size)を算出し,チャンネル毎で,2元配置分散分析にて比較し,有意差のあった領域において,post hoc testとしてBonferroni法を使用して多重比較を行った。有意水準は5%未満とした。測定部位の同定は,脳波における国際10-20法に従った。また,活動領域の明確化を図る目的で,NIRTRAC(POLHEMU社,3SPACE・FASTRAK)を使用し,MRI画像への重ね合わせにはFUSION IMAGING ソフト(島津製作所)を使用して脳マッピングを行った。なお全ての条件を,防音・暗室にて実施した。
【説明と同意】全ての被験者に,実験前に目的,方法,リスクについて文書による説明を行い,署名による同意が得られた。なお本研究は研究倫理委員会にて承認を得ている。
【結果】条件3,5と比較して,条件1,2,4において共通して,両側下前頭回の有意な賦活が認められた(p < 0.05)。
【考察】上肢の操作運動においては,運動実行と運動観察,その運動に伴う音を同じ神経細胞上で表現する視聴覚MNが下前頭回領域で発見されていたが,本研究により,両側下前頭回が歩行においても,その実行と観察,足音聴取を共通コードしていることが判明した。
【理学療法学研究としての意義】近年,その有効性が検証されている運動観察療法は,MNが運動を実行する際に活動し,同じ運動を観察した場合にも同様に活動するというMNの性質を利用して,運動観察により脳損傷を原因とする運動麻痺が改善することを実証したものである。本研究により,下前頭回領域の神経細胞が,実際の歩行と歩行観察,歩行に伴う足音の聴取によって共通に賦活することが判明した。よって,運動麻痺による歩行障害においても,歩行観察による改善可能性が示唆される。さらに観察せずとも歩行に伴う足音聴取だけでも下前頭回が活性化することから,歩行に伴う足音聴取や運動観察療法における歩行観察に,足音を同期させた教材が,より歩行の改善を促進できる可能性が示唆される。よって今後,歩行観察や足音聴取が,実際の患者の歩行能力を変化させ得るか否かについて,検証していく必要がある。
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