中央マダガスカル北東部のシハナカ族の地には, 19世紀初頭以来, 国内各地の他民族が移住してきていながら, これら移入民が世代を経ると共に, 自らをシハナカに帰属するものとして同定するという「シハナカ化」の過程が強く見られる。その一方, 何がシハナカをシハナカたらしめるのかについての, 当事者達の主観的規準には確たるものが見られず, むしろ文化的な内的多様性が強調され, 許容されている。本論考は, こうした状況を受けて, 「民族」認識の問題を認識論的課題としてまず位置づけたうえで, そのような認識を成り立たせる根拠について考察するものである。そこでの議論の焦点は, 「シハナカ」という特定の民族名称が, その当事者達によって, いかにして固定的な実体性を指示するものとして見なされえているのか, にある。その上で, シハナカの地という「場所」が, 民族意識のあり方において, ある際だった役割を果たしていることを示唆する。
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