【目的】
Parkinson病(PD)は、振戦、固縮、無動、姿勢反射障害などの運動症状に加えて、認知機能障害などの非運動症状も高頻度で発生する。認知機能障害としては、前頭葉機能の低下に起因する遂行機能障害を呈するが(Muslimovic et al. 2005)、評価については前頭葉機能のスクリーニング目的で開発されたFrontal assessment battery (FAB)(Dubois et al. 2000)を用いることで簡易的に評価可能であるとする報告がある(Lima et al. 2008)。しかし、先行研究では認知症を合併している疑いの高い症例も含めて調査されており、認知症がFABの成績に影響している可能性も否定はできない。本研究は、認知症の疑いがないPD患者と高齢者を対象にFABを実施し、両群の比較からPD患者に特異的な機能低下の判別の可否を調べ、PD患者におけるFABの有用性を検証した。
【方法】
特発性PD患者7名(平均年齢67.9±7.4歳)と、対照群としてPD患者と年齢を合わせた高齢者10名(平均年齢68.8±3.1歳)を対象とした。採用基準は、認知症の影響を排除するため、PD患者および高齢者ともにMini-Mental State Examination が30点の者、高齢者は手段的ADLが自立している者とした。除外基準は、脳に器質的障害を呈する可能性のある疾患の既往または合併のある者とした(PD患者のPDは除く)。PD患者および高齢者に対して、静寂な個室にてFABおよび
ロンドン塔
課題を施行した。FABは、「概念化」「精神的柔軟性」「運動プログラミング」「干渉刺激への敏感さ」「抑制コントロール」「環境に対する自律性」の6領域の前頭葉機能から構成される簡易的前頭葉機能テストで、各領域0-3点、合計0-18点の間で点数化して評価する。点数が低いほど、前頭葉機能の低下を示す。
ロンドン塔
課題は、遂行機能を特異的に評価するために標準化されたテストであり、全10課題の問題解決課題を施行し、全課題を遂行するために要した時間で評価した。課題の遂行時間が長いほど、遂行機能の低下を示す。PD患者に対しては、重症度の評価としてUnified Parkinson Disease Rating Scale (UPDRS)を用いた。UPDRSは重症なほど点数が高く、最高点は203点である。PD患者と高齢者のFAB得点および
ロンドン塔
課題の成績の比較には、mann-whitneyのU検定を用いた。さらに、対象者数の不足により第2種の過誤が生じる可能性を考慮し、両群の差における効果量(d)も算出した。効果量は、d=0.2-0.5を軽度の差、d=0.5-0.8を中等度の差、d>0.8を高度な差があるものと判定した(Cohen. 1992)。
【説明と同意】
全例に対して、書面による説明と同意を得た。
【結果】
PD患者のHoehn & Yahr stageは1-3、UPDRSは7-66点であり、対象者の重症度としては比較的軽度な症例であった。FABの総得点に関しては、PD患者15.4±2.1点、高齢者14.6±2.0点で両群に有意差は認められず、さらに効果量もd<0.2であり軽度な差も認められなかった。さらに、FABを6領域に分けて両群の得点を比較したが、全領域において統計的有意差は認められず、また効果量も、「抑制コントロール」の領域以外はd<0.2と軽度の差も認められなかった。「抑制コントロール」についても、d=0.4と軽度な差であった。一方、
ロンドン塔
課題の遂行時間は、PD患者325.4±147.0秒、高齢者245.3±109.8秒で両群に統計的有意差は認められなかったが、効果量はd=0.6と中等度の差を認めた。
【考察】
認知症の合併がないPD患者では、
ロンドン塔
課題の成績は高齢者よりも低下傾向であったが、FABの成績は高齢者と同程度であった。加齢により認知機能テストの成績は低下するため、認知症のないPD患者におけるFABの得点低下は、加齢による成績低下の範疇にある可能性が示唆された。また、領域ごとに比較してもほぼ同様の傾向であった。すなわち、認知症を合併していないPD患者では、遂行機能障害は極軽度であり、FABにより遂行機能障害を評価することは困難であることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
遂行機能障害は、日常生活活動に影響を与える要因であり、さらに運動療法を進めるうえでの運動学習の阻害因子となる可能性もある。従って、適切な評価方法を検討することはPD患者の理学療法において極めて有益な情報となりうる。
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