哺乳動物ではA. malarisという動脈は, 眼窩内容, ときには上顎骨領域に分布する血管の一つとして重要な役割を果たしている. 本動脈を詳細に観察した業績としては食肉類のイヌ, ネコ, 齧歯類のカイウサギ, 霊長類のニホンザル, コモンリスザルがみられる. 著者は反趨類のヤギのA. malarisを詳細に観察し, 動物種について比較解剖学的考察を行った. 材料と方法 : 成ヤギ25頭 (50側) を用い, アクリル樹脂脈管注入法による頭頚部動脈系の鋳型標本ならびに固定剖検標本, またサラシ頭蓋骨3個を観察に用いた. 所見 : A. malarisは上顎結節の上内側, 眼窩下神経の外側で眼窩下動脈から前上内側方へ単独, まれに上歯槽動脈と共通幹で起治し, 上顎洞と連結した涙骨の涙骨包上面の溝 (Sulcus malaris) 内を前外側方へ, ついで
下斜筋
筋腹と頬骨眼窩面の間を前上方へ走り, 涙骨眼窩下縁の内側にある切痕 (Incisura malaris) に達して内側上・下眼m瞼動脈の共通幹と終枝である鼻相枝に分岐していた. 第3眼瞼枝はmalaris溝内で単独, それに
下斜筋
枝と共通幹で起始していた. 本枝は骨膜枝, 結膜枝と上・下外側方への枝を派出したのち, 内側直筋枝と吻合していた. 骨膜枝はまれに鼻涙管枝となっていた. 結膜枝は
下斜筋とともに眼窩円錐内に入り結膜と下斜筋
に分布していた.
下斜筋
枝には1本の主筋枝と1〜3本の副筋枝が認められた. 主筋枝は単独, まれに第3眼瞼枝と共通幹で起始し,
下斜筋
が眼窩骨膜を貫く部位で筋腹下縁からこれに入っていた. 副筋枝は多数例に認められ,
下斜筋
の前面から本筋に入り起始に分布していた. 上顎洞枝は涙骨包の小孔を通り上顎洞の上外側壁粘膜に分布していた. 頬骨枝は頬骨と上顎洞に分布し, ときには上顎骨に達していた. 内側上・下眼瞼動脈は共通幹, ときに単独で起始していた. 内側下眼瞼動脈は鼻涙管枝, 眼窩下縁枝を派出後, 外側方に蛇行しながら走り, 外眼角で外側下眼瞼動脈と吻合し下眼瞼動脈弓を形成していた。この動脈弓からは多数の下眼瞼縁枝, 数本の眼輪筋枝と結膜枝が派出していた. 下眼瞼縁枝は2分岐して眼瞼腺の内外両側に沿って眼瞼縁へ, 眼輪筋枝は眼窩下縁枝や他の眼輪筋枝と吻合し本筋と下眼瞼の皮膚に分布していた. 結膜枝は蛇行しながら下行し
下斜筋
枝や下直筋枝と吻合していた. 内側上眼瞼動脈は, 内眼角で外側上眼瞼動脈や前頭枝と吻合して終わっていた. 本動脈からは涙小管枝と鼻涙管枝が起始していた. 涙小管枝には上・下涙小管に沿う小枝が認められた. 鼻涙管枝は本管と涙嚢に分布し, 蝶口蓋動脈の枝と吻合していた. 鼻根枝はA. malarisの終枝で, malaris切痕を超えて顔面に出て眼窩下縁枝を派出し, 浅側頭動脈の鼻背動脈や反対側の鼻根枝と吻合して広い鼻根に分布していた. 眼窩下縁枝は眼輪筋と下眼瞼の皮膚に分布していた. 結論 : ヤギのA. malarisは眼窩下動脈から派出していた. A. malarisの起始位置は食肉類, 齧歯類や霊長類では眼窩下管入口であるが, ヤギではこれより近位の上顎結節の上内側であった. ヤギでは上歯槽動脈との共通幹が認められ, またA. malarisの分岐にはこれまで報告されていない上顎洞枝や頬骨枝が認められた. 本動脈の終枝は食肉類と齧歯類では内側上・下眼瞼動脈, 霊長類では鼻涙管枝とされているが, ヤギでは鼻根枝であった. サラシ頭蓋骨をみると涙骨にA. malarisによるSulcus malarisとIncisura malarisが認められた.
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