『沖縄ノート』は、アメリカ軍政下の沖縄への「日本人」の差別的な眼差しを、その自己開示的な表現のスタイルによって可視化した作品として、今日でも高く評価されている。その成立にあたっては、ラルフ・エリスンの『見えない人間』に由来する「多様性」の概念が重要な役割を果たしたと言われている。たしかに『沖縄ノート』は「多様性」をめぐる思考をもとに、緊密に構造化されている。しかしながら、エリスンの「多様性」の概念が冷戦下アメリカの「封じ込め」政策と矛盾を来さないものであることはすでに指摘がある。実際、大江の「多様性」の概念は、冷戦下にアメリカの「identity」を束ね直したとされるユダヤ系知識人の一群-「ニューヨーク知識人」-の言説に直接的な影響を受けている。『沖縄ノート』の表現のスタイルは、ユダヤ系知識人たちの思想的な枠組みを身体化することで獲得されたものなのである。
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