【はじめに】
近年、脳卒中患者に対し発症後早期より離床・リハビリ介入することの重要性が指摘され、まだ患者の意識がはっきりしない段階から理学療法士が介入する機会が増えている。一方、いくつかの文献では、脳卒中急性期離床開始時期の基準として意識障害がないか、あってもJapan Coma Scale(JCS)で1桁であることと述べており、中等度以上の意識障害患者に対して積極的に離床を図ることを推奨する意見は少ない。そのような中、当院では廃用症候群を予防し、早期よりADL向上を図り、早い社会復帰に繋げるために、意識障害を呈する患者に対して医師との連携のもと、早期離床を実施している。今回、意識障害患者に対する早期離床の安全性を明確にするために調査を行ったので報告する。
【対象】
平成21年5月~平成22年3月までに当院に入院した急性期脳卒中患者の内理学療法士が初回の離床に介入した100例を離床時(座位練習開始時)に中等度以上の意識障害(JCS2桁以上)を認めた症例40例(重症群)と意識清明または軽度の意識障害(JCS1桁)であった60例(軽症群)に分けた。重症群の平均年齢は67.0±16.1歳。男性16例、女性24例。平均離床開始日は3.1±1.9病日であった。軽症群の平均年齢は69.9±12.7歳。男性33例、女性27例。平均離床開始日は2.3±0.8病日であった。
【方法】
上記2群について、初回離床時の有害事象(呼吸状態の悪化、意識レベルの低下、麻痺の進行、嘔吐、血圧異常、心拍数の異常)の発生頻度を比較した。統計学的処理にはχ
2検定を用い、危険率5%未満を有意差ありとした。
【説明と同意】
本研究を実施するにあたり、対象者または家族に情報収集の目的と利用の範囲について説明し同意を得た。また、公表にあたっては個人情報の保護に配慮し、氏名・患者ID等、個人と特定できる項目は除外した。
【結果】
有害事象発生の頻度は、呼吸状態の悪化は重症群3件(7.5%)、軽症群0件(0%)で、2群間に統計学的に有意差を認めた。意識レベルの低下、麻痺の進行は全症例に認められなかった。嘔吐は重症群1件(2.5%)、軽症群1件(1.6%)。血圧異常は重症群7件(17.5%)、軽症群8件(13.3%)に認めた。心拍数の異常は重症群7件(17.5%)、軽症群5件(8.3%)に認めた。有害事象の発生率は呼吸状態の悪化を除き統計学的に有意差を認めなかった。
【考察】
本研究より急性期脳卒中患者に早期離床を実施すると、重症群では呼吸状態に影響する症例を認めたが、その他の有害事象の発生頻度には2群間に有意差はなかった。重症群で離床後に呼吸状態の悪化を認めた3例については離床時に肺炎・無気肺や心不全を呈していたために運動負荷によって呼吸数の増加を認めたと考えられる。結果を統合すると、中等度以上の意識障害があれば離床不可ということではなく、例え重度の意識障害を呈していても、神経徴候やバイタルサインを指標に注意深く評価することで、多くの症例は安全に離床・リハビリが実施可能と考えられた。しかし、意識障害患者では呼吸状態の変動を示す症例が有意に多く、自覚症状を訴えることの出来ない意識障害患者に対して離床などの運動負荷を与える際にはバイタルサインや他覚症状から、離床の開始基準・中止基準を設定し十分観察しながらすすめることが重要であると思われた。
【理学療法学研究としての意義】
脳卒中発症後に意識障害を呈する患者に対する早期離床は、呼吸器合併症を有する症例や心機能が低下した症例では呼吸状態に影響する可能性があるが、神経徴候や循環動態を悪化させることはなく安全に実施可能であった。特に脳卒中発症直後では意識障害を呈する症例を多く経験するが、意識障害が遷延するような重症例ほど体動が制限され廃用症候群を起こすリスクは高い。そのような意識障害患者に対する早期離床の安全性を明確にすることで、理学療法士が早く介入することが可能となり、廃用症候群を予防、ADLを改善し、患者の1日も早い社会復帰に繋げることができると考える。よって本研究の結果は、脳卒中患者に対して理学療法士が早期介入するための一助になるものと考えられ、理学療法研究として意義あるものと思われた。
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