この30年間に, 励起有機分子の化学は劇的ともいえる急速な進展を遂げた。その結果, 周知のように,基底状態の反応によっては達成するのがむずかしい有機分子変換に対する手段として利用できることが明らかとなった。有機化学者によって励起分子の反応が研究されはじめた当初は, 光化学反応が,著しいひずみをもった有機分子の合成などに, 特に有効であることが実証されはしたが, 有機合成の手段として応用される範囲は限られていた。しかし, 有機合成化学の発展と軌を一にして,応用の範囲は次第にひろがり, 最近では,天然物など極めて複雑な有機分子の全合成などに決定的な役割を演じている報告が目立つ。有機分子の光化学反応に関する研究報告は, 毎年おびただしい数にのぼるが,合成の手段として有効であることが一見してわかる反応は勿論のこと, 殆んどの反応が, 分子変換の手段としての潜在能力を秘めていると言っても過言ではない。本稿においては, 最近の多数の研究成果の中から, 励起カルボニル化合物, エノンとオレフィンの光付加を中心に有機合成への光化学反応の応用に関して, 特に顕著な成功をおさめた研究例のいくつかを選んで, 光化学反応が有機合成にどのように使われているかを紹介したい。紙面の関係で, 各合成の図示にあたっては,出発分子とキーステップとして用いられた光反応のみにとどめざるを得なかったので, 詳細については,引用文献を参照していただきたい。
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