外傷などによる完全脱臼歯の歯根膜の活性度は, その歯を再植する場合の予後を左右する重要な要素である. 実際には, 再植を行うまでの間, 再植歯歯根膜の活性度を保たせるために, 再植歯はさまざまな液体中に浸漬されている. 今回, 不実験では再植歯保存液として有用と考えられる4種類の液体がヒト歯根膜細胞(以下, PDL細胞と略す.)に及ぼす影響を, 細胞内LDH活性, 細胞増殖能, 細胞形態の変化および保存液の浸透圧について検索し, 保存液が再植の予後にどの様に影響を及ぼすかをin vitro的で検索した. ヒト歯根膜細胞は, 矯正治療における便宜抜去歯および埋伏智歯の歯根膜組織から分離し 5〜10代継代培養したものを実験に供した. 再植歯保存液として, ViaSpan^<TM>, 滅菌生理食塩水, ヒト安静唾液および
低温殺菌牛乳
の4種類を実験に供した. 対照には 10%FBS含有DMEMを使用した. 各被験液の細胞への作用時間は, 10, 30, 60および120分間とし, 25℃にて作用させた. 細胞内 LDH活性は, 一定数分注して培養した PDL細胞に, 各被験液を作用させたのち, MTX "LDH" (極東製薬工業, 東京)を用いて測定した. 細胞増殖能は, 一定数分注して培養した PDL細胞に, 各被験液を作用させ, 作用直後, 2, 4および7日目に細胞数を計測して求めた. 細胞形態の観察は, 組織培養ディッシュに一定数播種して培養したPDL細胞に, 各被験液を作用させ, 作用直後および7日目に位相差顕微鏡下で行った. 被験液の浸透圧は, 全自動浸透圧計にて測定した. なお, 細胞内 LDH活性および細胞増殖能の測定値を, 分散分析法およびt-検定により統計処理した. 細胞内LDH活性は, ViaSpan^<TM>および
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を作用させた細胞ではすべての作用時間において高い活性を示した. 滅菌生理食塩水を作用させた細胞では経時的に細胞内LDH活性の低下がみられ, ヒト安静唾液を作用させた細胞では最も低い活性を示した. 細胞はすべての実験群において経日的に増殖し, ViaSpan^<TM>および
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を作用させた細胞は対照とほぼ同等の増殖能を示した. 滅菌生理食塩水を作用させた細胞の増殖能はViaSpan^<TM>および
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よりもわずかに劣ったていた. ヒト安静唾液作用時の増殖能は最も低く, 120分作用群において著しく低下した. ViaSpan^<TM>および
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を作用させた細胞は対照とほぼ同様の形態を示した. 滅菌生理食塩水を作用させた細胞では作用時間が60分を超えると, その形態が円形を呈する傾向を示した. ヒト安静唾液を作用させた細胞では作用時間の増加に伴いディッシュ底面からの細胞の剥離が認められた. ViaSpan^<TM>の浸透圧は, 329.3mOsm/kg, 滅菌生理食塩水,
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および対照ではそれぞれ288.8mOsm/kg, 281.6mOsm/kg, および326.4mOsm/kgを示した. しかし, ヒト安静唾液では41.87mOsm/kgと他の3種類の液体および対照に比較して低張であった. 細胞内LDH活性および細胞増殖能は液体の種類間において有意差が認められた(p<0.01). また, 各被験液の浸透圧, 細胞内LDH活性および細胞増殖能の間にはそれぞれ相関が認められた. 以上の結果から, 今回使用した4種類の被験液は, 再植歯保存液として使用した場合, ヒト安静唾液で10分以内, 滅菌生理食塩水で30分以内, ViaSpan^<TM>で60分以内, そして
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で120分以内の浸漬保存であれば, 再植の成功に寄与する可能性を有することが示唆された.
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