1.背景と目的スマートフォンなどのモバイル通信機器が急速に普及するにつれて,
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に注目が集まっている.
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の特徴のひとつは,これまでインターネットを利用できなかった場所にも接続環境を整備できることである.ADSLや4Gなどのインターネット接続方法は,利用対象者をその契約者とするのが普通であるが,
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の場合は,不特定多数の人に利用環境を提供できる.近年では,観光客の利便性向上や災害発生時の情報収集手段など,観光や防災の観点からさまざまな自治体で整備されている.その一方で,訪日外国人観光客の増加や2020年に控えた東京オリンピックを踏まえ,日本政府が訪日外国人観光客を成長戦略の一部としてとらえ,彼らに対する
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の整備を進めようとする動きもみられる.
しかしながら,
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を整備するか否かはその場所のオーナーの裁量に委ねられるため,必ずしも目的に沿って整備が進むとは限らない.そこで本研究では,
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の整備地域の空間特性を明らかにする.
2.研究事例地域と研究方法 本研究では,山梨県の事業である「やまなしFree Wi-Fi Project」をとりあげる.事業の背景には,2013年の富士山のUNESCO世界文化遺産に登録などによる訪日外国人客の増加がある.こうした状況を踏まえて,山梨県は訪日外国人向けにインターネット接続環境を提供することを目的とした全県規模の
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の整備事業を進めた.2012年から進められたこの事業により,
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の整備数は事業発足当初の230箇所から2015年8月には1,843箇所にまで増加した.
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の分布を明らかにするために,山梨県およびNTT東日本が公表している
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の設置場所をジオコーディングにより地図化した.また,訪日外国人観光客の需要動向を把握するために,山梨県へのヒアリングを行った.
3.結果および考察 公衆無線
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の整備状況をみると,山梨県内でも比較的訪日外国人観光客の多い地域に集中しているが,利用場所はその中でも局所的である.山梨県の事業により整備された
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を利用するにはIDとパスワードが必要であり,それらを印字したカードを県内11箇所(2014年7月時点)で配布している.2012年7月以降の2年間におけるカードの配布数のうち,最も配布数が多かったのは富士ビジターセンターで総配布数の80.9%を占める.次に配布数の多い施設は富士河口湖観光総合案内所であり,12.4%を占め,富士ビジターセンターと合わせると,
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の利用者の9割が富士山麓周辺地域で
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を利用していると予想できる.
一方,県北部の八ヶ岳高原周辺地域では国内観光客を意識した
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整備を進めている.また,時系列的に
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の設置場所をみると,訪日外国人観光客の大小にかかわらず,もともと
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の設置が少なかった地域においても設置数の増加しており,面的な広がりが認められる.
このように,「やまなしFree Wi-Fiプロジェクト」は訪日外国人観光客を対象として進められた事業であったものの,訪日外国人観光客による需要は富士山麓周辺地域に限られた需要であり,その他の地域に整備された
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は,訪日外国人客ではなく,国内客向けのサービスとなりつつある.
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の利用において訪日外国人観光客と国内観光客が決定的に異なるのは,その他の手段でインターネットに容易にアクセスできるか否かである.その機会に乏しい前者においては,
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を通じた情報発信など観光振興の面で効果があると予想できるが,後者においては必ずしも
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が必要であるとはいえない.面的に広がった
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を活用するためには,訪日外国人観光客だけでなく,国内観光客や地域住民の需要を想定した仕組みづくりが求められる.
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