はじめに
癒着胎盤は,分娩時大量出血,子宮摘出,膀胱や尿管などの他臓器損傷ばかりではなく,妊産婦死亡の原因ともなりかねない,産科疾患のなかでも最も重篤な病態の一つである。
前置胎盤
は,単独でも癒着胎盤の主要なリスク因子であり,特に,帝王切開の既往歴が加わると,そのリスクはさらに増すことが知られている
1)。
一方で,近年,熟練した医療スタッフや十分量の輸血,子宮動脈塞栓術などのinterventional radiology(IVR)を含めた術前準備を整えたうえで手術に臨むことで癒着胎盤に対する帝王切開─子宮全摘術(cesarean hysterectomy)の際の術中出血量を減らし,さらには,母体死亡を減らすことが可能となってきた2)。
当科では,2008年より前置癒着胎盤の疑いがある症例に対して,全身麻酔下で内腸骨動脈閉塞バルーンカテーテル(internal iliac artery occlusion balloon catheter: IIAOBC)と尿管ステントを留置したうえで帝王切開を行っている。児娩出後にIIAOBCを拡張させ,内腸骨動脈を一時的に遮断し,胎盤の自然剥離を待つ。もし,胎盤が剥離してこなければ,前置癒着胎盤と診断し,子宮摘出を行う方針としている。
本ストラテジーによって,より安全にcesarean hysterectomyを遂行することが可能となるが,帝王切開執刀開始までの術前準備だけで平均100±24分を要し,さらに,産科,麻酔科,放射線科,泌尿器科の関連科医師だけでも10名以上を必要とする。したがって,人的資源を含む医療経済に対する負担を考慮すると,
前置胎盤
症例全員にIIAOBC留置を含む術前準備を行って帝王切開に臨むことは不可能である。
そこで,当科では,
前置胎盤
症例を図1に示す指針に基づいて管理している。
前置胎盤
症例に対して,外来もしくは入院後に,超音波,MRI検査で癒着胎盤の術前評価を行い,前置癒着胎盤が疑われる症例にのみIIAOBCを術前留置している。警告出血等で緊急入院となった
前置胎盤
症例に対してもできるかぎり,癒着胎盤の術前評価を行っている。前置癒着胎盤を疑う症例の娩出時期は,原則的に妊娠36~37週としているが,切迫早産や膀胱鏡等で膀胱浸潤を疑う症例に対しては,緊急手術となることを回避するため妊娠35週での予定手術としている。一方,持続性出血や胎児適応等があれば,発生時点での緊急手術としている。
2008年~2010年まではMRI検査でIIAOBC術前留置症例の選別を行ってきたが,偽陽性症例が多い印象であったため,2011年以降,独自に作成した前置癒着胎盤予測スコアを用いてIIAOBC術前留置の適応を決定している。
今回,①われわれの癒着胎盤予測スコアの臨床的有用性を前方視的に検討し,さらに,②前置癒着胎盤症例に対するIIAOBC留置下帝王切開術の手術施行時期が母児に与える影響を後方視的に検討した。
抄録全体を表示