ライオン (Panthera leo) を含め大型ネコ科動物の形態学に関する報告は極めて少なく, その動脈系については, Tandler (1899) のトラとヒョウ, ライオンではLin and Takemura (1990) の顔面動脈の報告がみられるにすぎない. Takemura et al. (1991) はライオン
咬筋
の層構造について調査し, ライオンの巨大化した
咬筋
は家ネコ以上に複雑な層構造を呈していることを報告した. 本論文はTakemura et al. の
咬筋
の層構造の観察結果に従い, 各層の動脈分布を詳細に観察し, その所見を家ネコのものと比較解剖学的考察を試みた. 材料と方法 ライオン3頭の頭部を用い, アクリル樹脂脈管注入法 (1952, 1955) により総頚動脈からアクリル樹脂を注入した. 5側は頚動脈系の鋳型標本を, 1側は10% formalinに浸漬固定して部検標本を作製した. これら6側について観察と計測を行った. また, ライオンのさらし頭蓋骨1個を用いた. 観察結果
咬筋
枝の動脈源として, 1) 顔面動脈, 2) 浅側頭動脈, 3) 頬動脈, 4)
咬筋
動脈, 5) 後耳介動脈, 6) 顎動脈, 7) 外頚動脈が認められた. 1)〜5) は全観察6側で, また, 6) と7) はおのおの1側について認められた. 顔面動脈の起始付近で派出する
咬筋
枝は太く, 下顎骨内側に回り込んだ表層第一層のpart Iの後内側縁から筋中に入り, 下顎骨下縁を越えてその外側に達し, 第一層のpart II, III, 同層第二層の表面を貫いて中間層に達していた. 顔面部で派出する頬枝は上記の
咬筋
枝より細く, 派出して浅枝と深枝に分かれていた. 前者は第一層のpart Iならびに
咬筋
筋膜に分布し, 後者はpart Iの前縁から深層前部と同後部第二層に分布していた. 浅側頭動脈は前方へ3本の
咬筋
枝と顔面横動脈を派出し, さらに遠位で後方あるいは下方へ4〜6本の頬骨下顎筋枝を派出していた. 前者のうち最も近位で派出する
咬筋
枝は細く, 浅層第一層のpart Iの下部に, 次に派出する
咬筋
枝は浅層第一層のpart Iを貫いて
咬筋
窩下方に達し, 深層前部, 同後部第一層と第二層に分布していた. 3番目に派出する
咬筋
枝は浅層第一層のpart I, II, IIIと中間層に分布し, また, 顔面動脈や頬動脈の
咬筋
枝と吻合していた. 顔面横動脈は浅層第一層のpart I,
咬筋
筋膜ならびに耳下腺管に枝を与えていた. 頬動脈は頬骨下顎筋枝, 次いで上顎下顎筋枝を派出したのち分岐して中間層, 浅層第二層, さらに同層第一層のpart I, II, III, ならびに上顎下顎筋, 深層前部および同層後部第二層に分布していた.
咬筋
動脈は下顎切痕を越えるとき上方への枝と前下方への枝に2分し, 前者は上顎下顎筋と頬骨下顎筋に分布し, 後者は
咬筋
神経とともに下顎切痕を越えて浅層第二層, 中間層, 深層前部と後部第二層に分布していた. 後耳介動脈は頬骨下顎筋後部の起始部に分布する2〜3本の頬骨下顎筋枝を派出していた. 顎動脈からの
咬筋
枝は浅層第一層のpart I, II, IIIと同層第二層に分布していた. 外頚動脈からの
咬筋
枝は前方へ派出し, 浅層第一層のpart Iの後縁に分布していた. 結論と考察 ライオン
咬筋
各層の動脈分布をネコのものと比較すると, 顔面動脈, 頬動脈,
咬筋
動脈, 後耳介動脈それぞれの分布域についての相違は認められなかった. しかし, 浅側頭動脈の分布域はネコでは浅層の第一・第二層と頬骨下顎筋に限られていたが, ライオンではさらに中間層, 深層前部と同後部第一・第二層にまで分布域が広がっていた.
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