口腔感染症の大部分は口腔常在菌叢構成菌によって引き起こされる内因感染症で,発症には, 通常, 宿主の抵抗力の減弱が条件となる. 口腔感染症は, 外因感染と異なり, 弱毒菌による感染症typeに属し, 病原因子や原因菌が複数であるのが特徴である. 病原因子のなかで細菌の宿主組織への付着は, 感染の第一段階であり, 付着性状と病原性の発現とは重要な関わりを有している. 細菌の付着には, 宿主の receptor と菌体表層に依存する付着因子 (adhesin) が介在する. 歯面への最初の定住者であるレンサ球菌には, adhesin として線毛が機能している細菌が多い. とくに, う蝕原性細菌として注目されている
Streptococcus mutans group では parent strain と mutant の系で, う蝕誘発に線毛を介した歯面への付着が必須であることが証明されている.
口腔レンサ球菌の線毛は, 形態学的特徴から周毛性と局在性とに分けられる. Handley らは,
S. sanguis の線毛を 7 type に,
S. sarivarius の線毛を 4 type に分類し, おのおのの付着性状を検討している. 荒垣らは, 舌背から分離した線毛を有するレンサ球菌の疎水性は, 局在性線毛のほうが周毛性線毛より強いことを明らかにしている. また, 同じ分離株を用いた吉田らは, 上皮細胞への付着菌数が菌種および線毛形態によって異なることを報告している. 本研究は, 頬粘膜, 歯垢および唾液から線毛を有するレンサ球菌を分離同定し, 菌種および線毛形態の口腔内分布と付着性状について比較検討した.
その結果, 全分離菌 349 株のうち, 頬粘膜由来 38 株, 歯垢由来 45 株および唾液由来 36 株に線毛が観察された. 部位別に線毛形態をみると, 頬粘膜由来 26 株 (68.4%), 歯垢由来 32 株 (71.1%) および唾液由来 34 株 (94.4%) が周毛性線毛であり, 残りが局在性線毛であった. 同定の結果, 分離菌はすべて
S. sarivarius と
S. oralis のいずれかに属した.
S. sarivarius の分布は, 頬粘膜 42.1 %, 歯垢 55.5% および唾液 66.6% であった.
S.sarivarius の線毛はすべて周手性であり,
S. orlis では周毛性線毛と局在性線毛がありその分布比率ほ同じであった.
疎水性は,
S. sarivarius がもっとも高く, ついで type D の
S. oralis, type A の
S. oralis の順であった. 部位別による疎水性の相違は認められなかった. ヒ卜および家兎赤血球との凝集性は, いずれの菌株にも認められなかった. 上皮細胞への付着菌数は,
S. sarivarius (669 /cell) がもっとも多く, ついで type D の
S. oralis (457 /cell), type A の
S. oralis (232 /cell) の順であった. 部位別による付着菌数の相違は認められなかった.
In vitro プラーク形成性は,
S. sarivarius では供試した 24 株すべてが陽性で, 13 株にとくに強い形成性が認められた. 一方,
S. oralis のプラーク形成性は弱く, type D ではほとんどが陰性であった.
以上の結果から, 線毛を有するレンサ球菌の分布は, 口腔各部位により異なり, 歯垢と唾液では
S. sarivarius が, 頬粘膜では
S. oralis が優勢であった. また,
S. sarivarius は
S. oralis に比べて, 疎水性, 頬粘膜上皮細胞への付着性および
in vitro プラーク形成性において優れており, より強い病原ポテンシャルをもつといえる.
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