指揮者ヘルマン・シェルヘンは、シェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》の初演ツアーでデビューを果たし、新ウィーン楽派の音楽をはじめとする多くの同時代作品を積極的に演奏したことで知られている。彼に関する研究においては、彼の「現代音楽」に対する理解や、ラジオや音響実験に対する取り組みが着目されてきたが、彼の古典作品に対する態度を検討したものはほとんど無い。
しかし、シェルヘンが未完、未出版のまま残した原稿の中には、シューベルトの交響曲ロ短調D759「未完成」及びハ長調D944について論じた一連の原稿(「シューベルト・ブック」)が存在する。本論は、このベルリン芸術アカデミー・ヘルマン・シェルヘン・アルヒーフに残された「シューベルト・ブック」を基に、シェルヘンのシューベルトの音楽に対する解釈を明らかにしようとするものである。
シェルヘンはシューベルトの交響曲を、来るべきものへと突き進むベートーヴェンの交響曲とは対照的なものとして、すなわち一瞬の中にすべてを内包しようとするような音楽として捉える。彼の考えによれば、それは多様なシンメトリー、音楽構造の意味を明らかにしていくような表現記号の役割、そして動機操作ではなく和声や音色の変化による主題の変容によって実現される。
興味深いのは、シンメトリー構造や形式における平面構成、音空間の音色における開拓など、シェルヘンが指摘する音楽的特徴が、彼と同時代の作曲における問題意識に通じている点である。シェルヘンは、シューベルトの音楽が20世紀の作曲に対してアクチュアリティを持つものとして示そうとしたのである。そしてそのことが、シェルヘンをしてシューベルトの音楽を新たな側面から照らし出すことを可能にしたといえる。
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