【目的】 関節拘縮(以下、拘縮)は理学療法の臨床において治療対象となることが多く、これまでに多くの研究対象としても取り上げられてきた。一般に皮膚、筋、腱、関節包、靭帯などが原因であるとされており、どの部位がどのように変化しているかを調べた報告が多い。しかし、拘縮が発生する背景として骨折後によるギプス固定、長期臥床、脳血管疾患、脊髄損傷、末梢神経損傷など様々であり、拘縮の発生する背景が異なると関節に与える影響も変化してくることは十分に考えられる。そこで、今回我々はラット末梢神経切断モデルを作成し、これに膝関節固定を施行することで後肢に受動運動の有無が関節構成体に変化を及ぼすか検討した。【方法】 対象は9週齢のWistar系雄性ラットを使用した。ラットを無作為に
大腿神経
切断群(n=6)、
大腿神経
切断+固定群(n=6)、対照群(n=6)の3群に分けた。
大腿神経
の切断は大腿前部より切開し、
大腿神経
を切断した。
大腿神経
切断+固定群においては神経切断後にキルシュナー鋼線と長ねじによる創外固定を用いて膝関節屈曲120°で固定した。実験群は全て右後肢に施行した。尚、ラットはケージ内を自由に移動でき、水、餌は自由に摂取させた。飼育期間および実験期間は2週間とした。実験期間終了後、ラットを安楽死させ、可及的速やかに後肢を股関節離断し、10%中性緩衝ホルマリン溶液にて組織固定後、脱灰液を用いて脱灰を4℃にて72時間行った。その後、膝関節を矢状断にて切り出し、5%硫酸ナトリウム溶液で72時間の中和後、パラフィン包埋を行い、ミクロトームで3㎛に薄切した。薄切した標本組織はヘマキシリン・エオジン染色を行い、光学顕微鏡下で膝関節の関節構成体を病理組織学的に観察した。【倫理的配慮】 本実験は金沢大学動物実験委員会の承認を受けて行われたものである。【結果】
大腿神経
切断群では、関節軟骨は対照群と同様の硝子軟骨からなり、変性像や不整は見られなかった。
大腿神経
切断+固定群においてもこれらの所見と差異はなく、対照群と同様であった。【考察】 先行研究において、
大腿神経
切断モデルの関節構成体を観察したところ、その変化は極めて軽微にとどまり関節固定モデルでの関節構成体の変化とは大きく異なっていた。この差異の原因として、実験期間中、関節を固定しないまま飼育したことでラットの後肢に加わる受動運動が関与した可能性が考えられた。そこで、本研究では、
大腿神経
の切断に膝関節固定を施行し、受動運動が関与しないモデルを作成した。しかしやはり、
大腿神経
切断に膝関節固定を施行し、後肢に加わる受動的な運動を抑制しても、
大腿神経
切断群や対照群と類似した結果となり、先行研究における関節固定モデルで観察された関節軟骨の変性や滑膜組織の肉芽様の増生、癒着などの変化はほとんど見られなかった。つまり、
大腿神経
の切断によってこれらの変化が大きく抑制された可能性が示唆された。その原因として考えられるのは、
大腿神経
切断による大腿四頭筋の筋力や筋張力の関与、関節包や靭帯、筋などで知覚する疼痛や深部感覚の消失の関与、あるいは大腿四頭筋の脱神経筋萎縮に伴う血行動態の変化の関与などが挙げられる。本研究では
大腿神経
を切断し、膝関節の固定を施行した拘縮モデルを病理組織学的に観察したのみであり、末梢神経の切断が拘縮にどのようなメカニズムで影響を及ぼすかは今後さらなる検討が必要と考える。【理学療法学研究としての意義】 拘縮に対して理学療法を施行するうえで、拘縮の原因部位や発生機序を理解することは重要である。拘縮の発生において末梢神経切断による関節構成体への影響が少しでも理解されることにより、適切な理学療法手技の選択をするための一助となると考える。
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