【目的】
大腿筋
膜張筋の弾性(スティフネス)変化は、骨盤帯のアライメントや股関節周囲筋機能に影響を及ぼし、下肢・体幹の慢性外傷の原因となり得る。また、
大腿筋
膜張筋の柔軟性改善を目的とした種々のストレッチングが考案されているものの、他動的な関節運動が当該筋のスティフネスに与える影響を検討した基礎資料は非常に少ないのが現状である。機能解剖学的に
大腿筋
膜張筋は主に股関節屈曲および外転に作用し、補助的に内旋に作用するため、股関節伸展や内転、あるいはそれらの複合運動でのストレッチング方法が推奨されている。しかし、各々の運動方向の違いが
大腿筋
膜張筋のスティフネスにどの程度変化をもたらすのかは確認されていない。また、方法論的制約からヒト生体において標的とする筋内のスティフネスを可視化し、さらに定量的に評価した試みは報告されていない。そこで本研究では、近年開発された超音波せん断波の超高速イメージング技術を用いて、ヒト生体内の筋組織の弾性変化を非侵襲的に定量計測し、
大腿筋
膜張筋のスティフネスに及ぼす股関節の他動的な伸展・内転・外旋運動の影響を検討する事を目的とした。【方法】 対象は健常成人男性7名(22.7±1.4歳、170.9±3.8cm、61.9±2.9kg)とした。被検筋は利き脚の
大腿筋
膜張筋とし、計測部位は
大腿筋
膜張筋の起始部(上前腸骨棘)と停止部(大腿骨大転子前方部)間の中央部の筋縦断面とした。測定肢位は、腹臥位・膝関節90°屈曲位とした。計測機器は、次世代超音波装置(Aixplorer, SuperSonic Imagine, France)およびリニアプローブ (4-15MHz)を使用した。計測手順は、始めに股関節中間位で測定し、続いて他動運動での最大伸展、最大内転、最大外旋位における測定を試行順は無作為に決定し実施した。同一肢位での測定は連続3回試行し、運動課題においては被験者および検者のend feelに基づき関節運動の最終域を判断した。得られたデータから、筋膜および筋線維領域の弾性係数ヤング率をキロパスカル単位(kpa)で計測し、それらの平均値を各肢位間で比較した。統計学的処理はくり返しのある一元配置分散分析および多重比較を行い、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮】 本研究に先立ち、被験者に対し十分な説明を行い書面同意を得るとともに、本学倫理委員会の承認を得た。【結果】
大腿筋
膜張筋のヤング率の平均値(標準偏差)は、股関節中間位73.3(±58.4)kPa、最大伸展位57.5(±29.1)kPa、最大内転位332.5(±92.9)kPa、最大外旋位197.9(±119.8)kPaであった。股関節中間位と最大伸展位間に有意な差は認められず、これら二肢位と比較して、股関節最大内転位および最大外旋位は有意に高値を示した。一方、股関節最大外旋位の筋スティフネスはに最大内転位よりも有意に低値を示した。【考察】
大腿筋
膜張筋のスティフネスは、膝関節90°屈曲位において股関節最大内転位、最大外旋位、中間位および最大伸展位の順に大きいことが示された。股関節外旋位よりも内転位における弾性変化が著明にみられた現象は、股関節外旋運動と比較して内転運動時のモーメントアームの方が長いことと、内転運動は筋線維をより長軸方向に伸張するために生じたと推察される。また、股関節最大伸展位と中間位で差がみられなかった理由として、
大腿筋
膜張筋の前内側線維と後外側線維の機能的差異が関連していると考える。Pareら(1981)は、前内側線維は股関節屈曲に優位に作用し、後外側線維は股関節外転および内旋に作用すると報告している。したがって、本研究の測定肢位は腹臥位に規定したため、主に後外側線維を捉えて測定していた可能性が予想された。今回の研究結果から
大腿筋
膜張筋のスティフネスに影響を与える股関節運動は、広く認知されている股関節内転にくわえて股関節外旋も深く関与する可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究結果より、
大腿筋
膜張筋の柔軟性改善を目的とした運動療法場面で実践される静的なストレッチングの効果的でかつ安全な方法の開発ならびに効果判定に用いる新規評価法の構築に向けた基盤情報となりうる。今後、さらに研究の精度を高め今回得られた知見を裏付けることで、臨床応用への一助となることが期待される。
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