本稿の目的は,先土器時代から縄文時代への移り変わりについて,居住行動という側面から評価することである。そもそも,こうした問題をめぐっては,"遊動的な先土器時代","定住的な縄文時代"という対立的な図式のもとに議論されることが多い。また,そうした図式のもとでは,居住地の安定性が重視される傾向にある。しかしながら,人々の居住行動を考えるにあたって,"遊動","定住"という二分法は生産的でない。むしろ,そうした枠組みを一旦取り払ったうえで,複数の居,住地にわたる移動行動も含めて,居住行動論を展開してゆくことが要請される。
こうした問題意識のもと,本稿では遺跡分布に主眼をおきつつ,居住行動へと接近を目指した。そして,南関東地域(西半部)を分析対象として検討したところ,隆起線文土器群に先行する段階(Phase1)から隆起線文土器群の段階(Phase2)にかけて,遺跡の分布傾向が大きく変化していることが明らかとなった。また,こうした変化と歩みを合わせるように,石材構成が変化していることも明らかとなった。
そして,こうした検討を通して,次のような居住行動が描き出された。すなわち,隆起線文土器群に先行する段階(Phase1)では,人々は広域的に往来しながら,生活を営んでいたと予測される(中距離移動型)。これに対して,隆起線文土器群の段階(Phase2)になると,人々は小範囲の巡回を中心としながら,生活を営むようになったと予測されるのである(短距離周回型)。さらに,こうした変化にともなって,自然資源の獲得範囲が縮小化していることも予測された。
これらの成果を踏まえたうえで,筆者は以下の見通しを示した。すなわち,この時期に落葉広葉樹林が発達するなかで,植物資源の利用が活発化し始める。また,このように移動性に乏しい資源が積極的に開発されることによって,小範囲における集約的な資源利用が可能となる。そして,こうした資源利用の変化を背景として,居住行動の変化が促進されたと予測されるのである。
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