詳細検索結果
以下の条件での結果を表示する:
全文: "富士山"
7,941件中 1-20の結果を表示しています
  • 地図
    2004年 42 巻 3 号 AP1-AP2
    発行日: 2004/09/30
    公開日: 2011/07/19
    ジャーナル フリー
  • ドクメンテーション研究
    1970年 20 巻 7 号 228-
    発行日: 1970/07/01
    公開日: 2017/10/27
    解説誌・一般情報誌 フリー
  • 国際生命情報科学会誌
    2013年 31 巻 2 号 189-
    発行日: 2013/09/01
    公開日: 2018/12/11
    ジャーナル フリー
  • 堂下 恵
    日本文化人類学会研究大会発表要旨集
    2018年 2018 巻 A1
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/05/22
    会議録・要旨集 フリー
    本発表では保護や防災に向けて世界文化遺産・富士山を捉える視座を検討する。まず、富士山の自然的・文化的側面の捉え方が異なることに配慮する必要がある。文化遺産・富士山は信仰の対象であり、日本では聖なる山での観光実践に寛容であるが、聖俗の混同は許容されにくい点も重要である。富士山は芸術の源泉だが、世界遺産には富士山の芸術作品の価値を反映しきれていない場合もあり、何を守るのか精査する必要もある。
  • 田中 絵里子, 畠山 輝雄
    地学雑誌
    2015年 124 巻 6 号 953-963
    発行日: 2015/12/25
    公開日: 2016/01/27
    ジャーナル フリー
     This study clarifies contemporary perceptions of Mount Fuji on the basis of the sensibilities of the Japanese people, who are influenced greatly by subjective and sentimental ways of viewing landscapes. Over the course of history, the way in which the Japanese have perceived Mount Fuji has changed due to experiences in each successive era, whether these have been natural disasters that accompanied eruptions, the shifting vista of Mount Fuji as seen from moving political capitals, or the development of mountain-climbing routes; in other words, reflecting of subjective factors such as individuals' perceptions of nature and culture within the context of such experiences. This study is a quantitative analysis based on a questionnaire survey of contemporary Japanese perceptions of Mount Fuji following its registration on the UNESCO World Heritage List. From the results of the analysis, when considering the way Mount Fuji is perceived from the Japanese sense of landscape, a comparison with ways Mount Fuji was perceived in the past indicates the following: while some aspects of contemporary perception of Mount Fuji have been inherited from a past that reflects underlying Japanese views of nature and culture, there are also newer aspects that have originated from a more recent overall national experience of the movement for World Heritage registration and the social background revealed in media coverage following registration. However, no significant differences are found as to whether individual respondents' had ever climbed to the summit or lived in a region where Mount Fuji is visible. This appears to be a result of increased exposure to various of information on Mount Fuji in the mass media, which have provided supplementary information to citizens living far away or who have no personal experience of Mount Fuji. This can be said to have formed a unified national view of Mount Fuji.
  • 渡邊 協, 松田 定久
    植物学雑誌
    1891年 5 巻 56 号 323-329
    発行日: 1891年
    公開日: 2007/04/05
    ジャーナル フリー
  • 渡邊 恊, 松田 定久
    植物学雑誌
    1891年 5 巻 57 号 360-364
    発行日: 1891年
    公開日: 2007/04/05
    ジャーナル フリー
  • 服部 健太郎, 中西 一郎
    地震 第2輯
    2018年 71 巻 151-152
    発行日: 2019/01/10
    公開日: 2019/02/13
    ジャーナル 認証あり
  • 木下 佐和子, 五十嵐 俊博, 青木 陽介, 武尾 実
    日本火山学会講演予稿集
    2014年 2014 巻 B1-04
    発行日: 2014/11/02
    公開日: 2017/02/10
    会議録・要旨集 フリー
  • 中禮 正明, 小宮 学, 岸尾 政弘, 舟崎 淳, 舘畑 秀衛
    日本火山学会講演予稿集
    1987年 1987.2 巻
    発行日: 1987/10/05
    公開日: 2017/02/10
    会議録・要旨集 フリー
  • 渡邊 恊, 松田 定久
    植物学雑誌
    1891年 5 巻 58 号 398-403
    発行日: 1891年
    公開日: 2007/04/05
    ジャーナル フリー
  • 太田 慧, 菊地 俊夫
    日本地理学会発表要旨集
    2015年 2015s 巻 808
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/04/13
    会議録・要旨集 フリー
    1研究背景と目的 富士山麓は山梨県と静岡県の両県に位置し,富士山の北麓,東麓,南麓,西麓では地形,気候,土壌などの自然条件や人文条件の差異から異なる地域的性格をみせる.本研究では,富士山麓における農業的土地利用変化について,斜面地における垂直的な変化と,北麓,東麓,南麓,西麓地域における水平的な変化パターンについて明らかにすることを研究目的とする.本研究では,主に農林業センサスのデータを用いて富士山麓における農業的土地利用の変化を分析した.まず,富士山麓における1970年と2010年の農家数,水田率,畑率,樹園地率をそれぞれ図化することで,富士山麓における農業の動向と農地分布の変化を明らかにした.さらに,農業的土地利用の分析に関しては,農林業センサスの「農産物販売金額第1位の部門別経営体数」を指標として修正ウィーバー法を適用し,農業集落ごとに農業経営体の結合型を算出して農業的土地利用変化の地域性を検討した.
    2
    富士山麓における農業の動向と農地分布の変化 農林水産省の生産農業所得の推移から,富士山麓における1970年代から2000年代の過去40年間の農業の動向について概観した.これによれば,富士山麓における生産農業所得1970年代から1980年代にかけて著しい増加傾向を示していた.このような生産農業所得の著しい増加傾向は,富士宮市や富士市などの富士山の西麓地域から南麓地域に位置する市町村においてみられた.富士山の西麓地域に位置する富士宮市と富士市については,生産農業所得は1980年をピークに減少傾向を示すが,これは他の市町村についても同様の傾向であった.さらに,農林業センサスのデータから,1970年と2010年の水田率,畑率,樹園地率の変化についてそれぞれの地域ごとの特徴をみた.水田率については,富士山東麓地域の鮎沢川流域(酒匂川水系)において増加傾向がみられた.また,畑率については富士山南麓地域の斜面地において減少した.その一方で,富士山南麓地域の斜面地では樹園地率が著しい増加傾向を示した.
    3
    富士山麓における農業的土地利用の変化とその地域性 修正ウィーバー法により算出された農業経営体の結合型をもとに,1970年と2010年の農業的土地利用変化とその地域性について検討した.1970~2010年の期間においては,3種類以上の結合型は100から50に減少した.一方,2種類以下の結合型は増加しており,293から343に増加した.以上のことから,富士山麓における農業経営体の多様度は低下していることが示された. さらに,1970年と2010年の比較から,富士山麓における農業的土地利用変化の地域性について検討した.富士山東麓地域に位置する鮎沢川流域では,稲作の単一型の農業集落が増加するとともに,稲作の単一型の範囲は拡大する傾向がみられた.また,富士山南麓地域においては,その他の作物に分類される「茶」の単一型の農業集落が拡大した.1970年に露地野菜や茶栽培との結合型を示していた農業集落は,2010年には花卉類栽培に該当する農業集落との結合型に変化した.これらの変化は,富士山南麓地域の比較的標高が高い農業集落においてみられた.また,酪農に該当する農業集落は1970年の段階では富士山西麓地域の富士宮市においてみられたが,2010年になると酪農との結合型は減少して稲作や露地野菜との結合型に変化した.
  • 清棲 幸保

    1932年 7 巻 35 号 PLVIII
    発行日: 1932/12/31
    公開日: 2010/03/01
    ジャーナル フリー
  • 中島 泰
    日本森林学会大会発表データベース
    2018年 129 巻 T7-1
    発行日: 2018/05/28
    公開日: 2018/05/28
    会議録・要旨集 フリー

    2013年、富士山は文化遺産として世界遺産リストに掲載された。これは、富士山の普遍的な文化的価値が認められた結果である。しかし記載決定は、将来的な富士山の保全状況の改善を前提としたものであり、国、静岡・山梨両県が中心となり各種対応の検討を行ってきた。本研究では、同検討に資する客観的なデータを収集することを目的に、2014年から3ヵ年に渡って富士山登山者のモニタリング調査を実施してきた。調査方法は4種類。1つ目は「アンケート調査」で、登山者の意識を把握した。2つ目は「GPSロガー調査」で、登山中の登山者の位置情報を記録した。3つ目は登山者が集中する山頂直下における「ビデオ撮影」で、混雑状況の詳細を把握した。そして4つ目は「カウント調査」で、登山道に設置した赤外線カウンターで同日の登山者数を計測した。以上を通じて富士山における登山者の意識と流動が明らかとなった。また、アンケート調査について、「紙調査票による現地配布・現地回収」、「紙調査票による現地配布・郵送回収」、「モバイル機器を活用した自記式」の3種類の調査手法を同時に実施し、各手法における有効性の検証を行った。

  • 地学雑誌
    2015年 124 巻 6 号 Cover06_01-Cover06_02
    発行日: 2015/12/25
    公開日: 2016/01/27
    ジャーナル フリー
     富士山は,四季折々いろいろな姿を見せてくれる日本の自然を代表する最高峰の秀麗な火山である.春から秋にかけては,空気中の水蒸気や塵が多くなるために,ハッキリした富士山が見える機会は少ない.しかし秋から冬は,空気が澄んでいるので雄大な富士山の形姿を見る機会が多くなる.なかでも山頂平均気温が-15℃以下になる厳冬には,富士山は清廉で凛として普遍的価値をもつ荘厳で崇高な山そのものを見せてくれる.
     写真は,富士山の北麓に面した御坂山塊にある新道峠(山梨県)から撮影した.笛吹市の芦川から林道に入り,終点に車を止めて,稜線まで登り,20分ほど尾根道を歩くと峠にたどり着く.この場所からは眼下に河口湖を臨み,真正面に均整のとれた富士山を見ることができる.ここから撮る富士山は,ヤマツツジが新緑に彩をそえる5月末~6月初めもよいが,冬の雪や樹氷,霧氷に飾られた姿が際だって立派で,霊峰富士らしくてよい.
    (村松茂貴(山梨県笛吹市在住)2014年2月5日撮影;説明:佐野 充・村松茂貴)
  • 中村 三友, 加藤 誉之, 和久津 龍太
    写真測量とリモートセンシング
    2013年 52 巻 5 号 230-231
    発行日: 2013/11/08
    公開日: 2014/11/01
    ジャーナル フリー
  • 松村 任三
    植物学雑誌
    1892年 6 巻 64 号 221-230
    発行日: 1892年
    公開日: 2007/04/05
    ジャーナル フリー
  • 込 弥男
    学術の動向
    1999年 4 巻 8 号 89
    発行日: 1999/08/01
    公開日: 2009/12/21
    ジャーナル フリー
  • 阿部 一
    地理学評論 Ser. A
    1992年 65 巻 3 号 238-249
    発行日: 1992/03/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    The symbolic landscapes of a nation are important clues to the human-landscape relation, which is an aspect of the relationship between the people and their environment. Mt. Fuji was long the typical symbolic landscape of modern Japan, as can be seen in textbooks for use in elementary schools. I examined the symbolism of Mt. Fuji in textbooks to suggest tendencies in the relationships between Japanese and their environment. The results are as follows:
    1) Mt. Fuji appeared in the primary school textbooks from Meiji Era until 1945. The mountain was presented as the sublimest mountain in Japan through textbooks for reading, drawing, and singing, whose contents were inter connected. Consequently, children learned a certain image of Mt. Fuji.
    2) Mt. Fuji was praised as the sublimest mountain of Japan in order to make children sympathize with the sentiments of Japanese adults, who were supposed to admire Mt. Fuji. At the same time, children were taught that the national sentiment was focused on the image of Mt. Fuji.
    3) The relation between the nation and school children as illustrated in teaching materials concerning Mt. Fuji is shown graphically in Fig. 5. The materials formalized the appearance of Mt. Fuji and formed a specific image of it. Children learned the materials and internalized a certain image of the mountain. The image validated the content of the materials and suggested the national sentiment. Through this process of learning, children came to obscurely understand the concept of a national sentiment.
    4) The national sentiment of Japan that was used as a unifying concept was a Vague idea escaping logical grasp; therefore the education inevitably stressed impressions rather than logic. Mt. Fuji was seen to be the best material for that kind of education.
    5) The relation between Mt. Fuji and the national sentiment seems to have been sustained by an “intentionality to legitimacy”. The national sentiment was supposed to have legitimacy, although the foundation of that legitimacy was not shown. On the other hand, Mt. Fuji was given legitimacy through the formalization of its appearance. Therefore, Mt. Fuji was chosen as the image of legitimacy to suggest the content of the national sentiment.
  • 伊藤 孝
    地学教育
    2017年 69 巻 3 号 151
    発行日: 2017/03/10
    公開日: 2018/01/01
    ジャーナル フリー
feedback
Top