屋号
から近隣関係を統計的に推測する方法:旧唐桑町への適用
Statistical methods for estimating neighboring relations in Karakuwa through yago
岡部佳世(東京大)*・岡部篤行(東京大)
Kayo OKABE (Univ.Tokyo)・Atsuyuki OKABE (Univ.Tokyo)
キーワード:
屋号
、近隣関係、最近隣距離法、
K関数法、乱数配分
Key words: Yago, Neighboring relations, Nearest neighbor distance, K function, random assign
1.はじめに
この研究の目的は、
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を通して統計的方法で旧唐桑町における家々間の近隣関係を推測することである。一見すると、
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と近隣関係の関係はないように見える。
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研究によると、「
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は歴史的に培われた慣習で、今でも多くの農村地域で使われている。その理由は近隣に同姓が多いと姓で家主を同定するのが難しいので、家主は近隣にある家の
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と異なる
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をつけるから」とのことである。そうであるならば、
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を通して、家々の近隣関係が垣間見えてくるのではないか、というのがこの研究の動機である。
2.対象地域とデータ
対象地域は、東北にある旧唐桑町を選んだ。唐桑と言う名が最初に言及されたのは『続日本書紀』で、長い歴史を持っている地域である。地理的には、旧唐桑町は広田湾に面し、南端は唐桑半島で太平洋に突き出ており、面積は42平方キロあり、主な産業は漁業である。 データ資料は、『唐桑町
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電話帳』を使用した。これには、全ての家の電話番号、
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、代表者の姓名、地区名、住所が記録されており、
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は現地の人の読み方を記録してある。一つの
屋号が少なくとも二軒以上に使われている屋号
は233種類あり、そのような
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がついている全軒数は719軒である。全国の姓の頻度分布で一番多い姓は、全国の姓の1%程度である。ところが、旧唐桑町では11%程度を占めている。旧唐桑町は、同姓の割合が全国より10倍以上高いことが分かり、
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が有効に働きそうな条件を満たしている。
3.道路距離による最近隣距離分析
まず
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を無視して719軒について最近隣距離法で家々間の隣接関係を分析した。この地区の人々は道路を通しての交流が主であるから、距離は道路距離を使った。その結果、最近隣道路距離の観測値の平均は、75mであった。次に719軒が完全空間ランダム(CSR)で道路網に分布した場合の最近隣道路距離の期待値を求めたら、77mであった。また有意水準5%での下限と上限は、73mと81mであった。さらに同じ
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の間での最近隣道路距離の平均値を求めたら、3695mであった。また、一番短い最近隣道路隣距離でも136mあり、この値はCSRでの上限値81mをはるかに超えている。これらの事から同じ
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の家の分布は、明らかに均一的に分散している傾向があることが分かる。 最近隣道路距離の平均値が3695mということは、平均的には、ある
屋号
の家を中心に3695m以内の近隣地区には、その家と同じ
屋号
の家がないということである。家主はこれを考慮して
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をつけている可能性が高い。この近隣地区に存在する軒数を道路距離のグローバル
K関数法で求めると、平均287軒であることが分った。この値は、旧唐桑町の近隣地区の大きさを知る一つの目安となる。
4.旧唐桑町の行政地区の
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社会的な近隣地区として、行政地区があり、旧唐桑町には12の行政区がある。この行政区に伝統的
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の利便性が残されているであろうか。それを調べるために、同じ
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数の比率で行政区にある軒数の数だけ乱数を発生させ、家に
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に割り振った。それを1000回繰り返すモンテカルロシミュレーションを行い、行政区に割り振られた同じ
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数の期待値と
p値を求めた。その結果が上の表である。全ての地区で、同じ
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の件数は期待値より少ない。また12地区中、9地区が有為水準5%以下で同じ
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軒数は少ないことが分かる。これらの結果から、住人は行政区内でなるべく
屋号が重ならないように屋号
をつけるという伝統的慣習を引き継いでいることが分かる。
謝辞 サントリー財団研究費、常磐大学研究費の支援と、東京大学空間情報科学研究センター共同研究No.921の支援を受けた。
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