1. はじめに本発表は,わが国で地名標準化(田邊 2017)が検討されていることを踏まえ,地域社会における地名の使用の実態を解明することを目的としている。本発表では,千里ニュータウン(以下,千里NT)における吹田市・豊中市(行政)によるまちづくりと,千里
市民フォーラム
(市民活動団体:以下,
市民フォーラム
)による活動に焦点を当て,「千里」という地名の使用について検討する。千里NTは日本初の大規模NTとして知られているが,「千里」は現行の行政区画名としては存在しない。一方で,上述のような主体による「千里」や「千里NT」を冠した取り組みが多く展開されている(例えば,『千里ニュータウン再生指針』)。まちづくりや市民活動という文脈において,「千里」及び「千里NT」の使用はいかなる意味を見いだされているのか。2つの地名が適用される範域とその使い分けに着目して検討する。
2. 吹田市と豊中市市による千里NTのまちづくりへの積極的な関与は,開発・管理主体であった大阪府千里センターの解散とNT内施設の更新を契機として始まっている。吹田・豊中両市の千里NTの都市計画を担当する部署への聞き取りによれば,「千里」と「千里NT」の使い分けは特に定められておらず,NTの範域を指すものとして理解されている。これは部署の中心的な業務が実質的に及ぶ範囲とも一致する。両者はNTに対する施策の協議・調整を目的に「吹田市・豊中市千里ニュータウン連絡会議」を設置しているが,その施策を千里NTを核とした学術・文化的な圏域としての「グレーター千里」という枠組みの中に位置づけることには消極的な意向を見せている。これを市の立場で実践することは,自分たち吹田・豊中市域内の千里NTを中心,隣の箕面市などの他市域を周辺として定義してしまうためである。すなわち,吹田市と豊中市という行政の文脈において,「千里」はNTに対する2つの市の相互連携の実践を示す一方で,それをNTの境界と市境を越えて使用することは避けられていると言える。
3. 千里市民フォーラム
市民フォーラム
は吹田市・豊中市の呼びかけがもとになって2003年に組織された。現在も市との結びつきは深く,他の団体と比べてやや特殊な位置づけにあるが,千里NTで活動する代表的な市民活動団体の1つである。その活動理念は参加者の交流によって人や活動を「つなぐ」ことであり,その成果を還元する先としてはNT全体が志向されている。ただ,市民フォーラム
にはNT外や市外からも多くが参加しており,彼らの共通項の1つとして挙げられるのが「千里NTへの関心」であるという。参加者への聞き取りによると,「千里」と「千里NT」と言ったときの違いはその意味の抽象度の違いとして認識されている。後者がNTというハード面としての建造物群が立地する範囲を想起させるのに対して,前者は空間的な広がりとしての曖昧さを持ち,さらにはそこでの暮らしや文化といったソフト面にまで拡張された理解がなされている。そして,市民フォーラム
が「千里NT」ではなく「千里」を名乗ることは,外部のNT周辺住民などとも関わりをつくり,NT住民だけでは限界のある活動を維持・発展させていく上で重要なものとして評価されている。つまり,市民フォーラム
における「千里」には,それにしか表現できない意味の広がりによって,活動のネットワークを拡大する効果が見いだされていると言える。
4. おわりに
このように,地名の理解には主体によっても違いが見られ,地域に関わる者全員が同じ地名を同じ範域・同じ意味として捉えた上で使用しているとは言い難い。標準化はこのような多様な解釈を制限することには繋がらないのか,あるいはこうした差異をどのように扱うのか,その与える影響などについての検討も求められるだろう。
参考文献
田邊 裕 2017. 地名行政の確立に向けて. 地理62(4), 8-13.
抄録全体を表示