【目的】当院は神奈川県の「第1種感染症指定医療機関」に指定され,感染症科32病床を有し,HIV(Human Immunodeficiency Virusヒト免疫不全ウイルス)感染症患者の理学療法を実施する機会がある.今回,本疾患に対する障害,日常生活活動や理学療法について症例を通して報告する.
【対象と方法】対象は2000年7月~2006年9月までに当科に併診されたHIV感染症患者8例である.診療記録から患者基本情報,診断,障害,CDC新分類,開始時と終了時のFIM得点,リハビリの目的,理学療法内容や転帰などについて後方視的に調査した.
【結果】対象の全ては男性で,年齢47.5±13.1歳,発症から入院まで2.8±4.9年、再入院3例,平均入院期間80.3±41.3日,理学療法期間47.7±34.8日であった.感染経路は
性行為
媒介6例,血液媒介1例,不明1例,CDC新分類はCD4陽性Tリンパ球数200個/μl未満(14%未満)でAIDS(Acquired immunodeficiency Syndrome)指標疾患を有するC3に8例が属した.診断・障害はサイトメガロウイルス(CMV)脳炎,悪性リンパ腫,進行性多巣性白質脳症(PML) 5例, CMV網膜炎4例,発熱,体重減少,持続性下痢等の全身症状4例,カリニ肺炎,C型肝炎,精神機能低下,糖尿病各3例,CMV大腸炎,アメーバー赤痢腸炎2例,末梢性神経炎,脊髄症,血友病,脳梗塞各1例など病像は重複且つ複雑であった.FIM得点は開始時運動項目29.3±14.6,認知項目22.5±12.0,終了時運動41.9±36.4,認知22.3±15.9点であった.リハビリの目的は筋力や歩行向上,在宅調整,拘縮予防や介助量軽減の3つに分けられた.内容は関節可動域訓練,筋力強化訓練,
座位
・移乗~歩行訓練,家族指導,在宅調整や訪問など様々な対応をしていた.転帰は自宅退院4例,死亡4例であった.
【症例紹介】51歳男性 アルコール性・末梢性神経炎,糖尿病,C型肝炎,栄養不良,脱水,廃用性筋力低下.CD4陽性Tリンパ=10.7% C3病期 介護者は弟のみ 目的は下肢筋力と歩行能力向上.開始時は意識清明 意思疎通可能 頻回の下痢 両下肢にしびれあり.上下肢遠位筋MMT:PレベルT字杖介助歩行約15m 易疲労性FIM運動54 認知35点であった.理学療法は下肢筋力強化やT杖歩行訓練を実施した.退院時は下肢MMT遠位筋F~Gレベル,T字杖歩行約260m自立 疲労感あり 階段自立 FIM運動86認知35点,開始14日後に自宅退院した.感染対策として汚物の処理は本人が行った.
【考察】AIDSの臨床症状は多彩で、一つの日和見感染症でも侵される臓器によって症状が異なってくる。そのため理学療法は症状や障害に応じた方法で対応し、その効果を念頭においた提供を考慮したほうが良い。最近はHIV治療の進歩に伴い長期間の生存が可能になり、予後は著しく変わる。日和見感染症から一時的に回復する時期があるので、社会復帰に向けた理学療法の立案も必要と考えられた。感染予防対策ではHIVの感染力は比較的弱いが、肝炎ウイルスの予防対策を基本に遵守する。
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