平安鎌倉期の紀行には冒険的要素がほとんどない。紀行作者は、制度的旅人であり、流浪とは無縁であった。制度的な旅には都を基点としたコースがあり、その表現には歌枕を辿るという類型があった。反制度的な流浪の主体が自らの旅を書き残すことはなかった。しかし、類型表現の踏襲という紀行の共通項は崩れないものの、鎌倉期の女性の作品には平安期にはみられなかった変容が見出せる。それは紀行に内在する流浪の要素である。本稿では、『うたたね』の旅の表現にみられる冒険的要素・流浪性を考える。制度から排除され、破滅しか齎さぬ伝承の小町的流浪とは異なり、『うたたね』に表出されるのは、主人公の内面の彷徨である。『うたたね』は、従来考えられていた以上に虚構性の強い、一人称の物語ともいうべき性格を持つ作品であることを、旅の造型を通して指摘し得る。
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