岩手県は、盛岡城址の土地を借りて岩手公園を管理していた。1934年に盛岡市が土地を買収し、公園を管理することになった。その背景には濠の一部を埋め立てて市街を貫通する幹線道路の整備があった。盛岡市による公園の管理は、公園の維持や改修が中心だった。新たな施設整備はなく、長岡安平が設計した公園は概ね保全された。ただし近代的な人工的装飾は施された。その後、戦争が長期化すると、戦時社会に強く影響を受けた公園管理になった。
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