農業人口の縮退にともなって、日本農業は構造転換局面を迎えている.家族労働力の脆弱化が危ぶまれるなかで, 1990 年代以降の農業政策はこれらに代わる法人経営を志向し、農業経営の規模拡大と農業労働の外部化を促進してきた.他方,農繁期の柔軟な労働力需要を担ってきた在村・近隣の非農家女性を中心とする臨時雇労働力が,高齢化ないし農外部門に吸引され人手不足に陥るなかで,これを補うための地域における労働力需給調整システムの構築や,農業労働市場の発達をみた.農業経営の規模拡大とともに,臨時雇労働力を安定的な常雇へと転換する動きも生じつつある.
ところで,農業は季節性に強く特徴づけられる不安定な就業である.とすれば,家族経営に代わる新たな経営の担い手や,季節的な需給の変動に対応しうる柔軟な労働力はどのような社会集団から析出されるのか,またはそうした不安定性に対して,個々の経営や労働者はどのような仕方で対応するのかが,検討に付すべき課題である.
こうした問題意識を踏まえ,宮古島市におけるサトウキビ収穫労働を事例として農業労働力の諸相を検討する.宮古島市を含む南西諸島の主要離島部では,内地における水稲作に対応する価格支持作物としてサトウキビ作が農業経営の基幹をなしている.とりわけ宮古島では2010年代以降,従来の家族経営やゆいによるサトウキビ手刈り収穫のシステムが解体され,ハーベスターによる収穫受委託という契約関係による機械収穫体制へと移行することとなった.このような構造再編は,ハーベスターを稼働する受託事業者と,それを補佐する補助員という新しい就業機会を宮古島に生み出すこととなった.こうした構造変化の局面において,家族経営に代わる農業労働の担い手がどのような社会的背景から登場し,このような労働が地域労働市場の中でどのように位置づけられているか,という点を,ハーベスター受託事業者(雇用者)とこれを補佐する補助員(被雇用者)それぞれの性質を明らかにしながら論じる.
具体的な調査は,2020年の収穫期における聞き取り調査と,同年5-6月に行ったハーベスター事業者へのアンケートの分析に拠った.明らかになったのは以下の点である.第一にハーベスター受託事業者は,収穫期外の就業形態に照らして,自営農業だけに従事する者,他の機械作業受託に従事する者,農外就業に従事する者の間に性質の差異を認めることができる.これらを世代の面から検討すると,①サトウキビ作への経済的な参入動機があった1980年代以前に就農しえた60代以上の農家層,②作業受託の傍ら大規模に農地を集積しつつある青壮年農家層,③建設業などの農外就業と組み合わせつつハーベスターの受託事業を行う青壮年の非農家層,の3つの形態を見出すことができる.青壮年の事業者においては,年間刈取トン数が上の世代の事業者に比して多い傾向にあり,これらの経営群においてはハーベスター経営が収入面での強い就業動機を有していると考えられる.
第二に,これらの補助を担う労働力としては,①農繁期を別にする他の比較的高齢の農家層,②建設業,
期間工
,観光業などの他の季節的就業機会と組み合わせる青壮年層,③島外から来島するアルバイターや出稼ぎ労働者,などに大別される.補助労働は,もっぱら近隣からの縁故による雇用に依拠してきたが,近年の宮古島内における景況の好調にともなって,農外への労働力の流出と賃金の上昇も生じており,他就業に比べて吸引力の低い性質が見て取れる.季節的な就業機会の差異を利用して来島する島外からの労働力の雇用は,昨今生じつつある島内労働力の不足に対応する可能性もあるが,労働力需給の調整主体を欠く宮古島においては,その安定的な確保は困難であると考えられる.
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