本稿は,売春防止法を根拠にした婦人保護事業について,婦人保護施設「生
野学園」の資料から,法そのものではなく,その実施場面に焦点をあてて,事
業の実態の変遷とそこに見られるジェンダー規範を検討するものである.1949
~1997 年に生野学園に入所した1520 ケースの記録を,売春防止法施行前,
施行後,「45 通達」の出された後,国庫補助削減後の4 期にわけて,その変遷
を見た.さらにケース記録のフォーマットの変化と,2 人のケース記録をとり
あげて,そこに見られるジェンダー規範について検討した.ここから,下記の
3 点が明らかになった.1 点目は,売春防止法制定前の時期は,他の時期に比
べて,階層の高い女性たちが入所していたこと.2 点目は,入所者の抱える困
難は売春,暴力,貧困,障害など,51 年間を通じて共通している一方で,売
春防止法の制定によって,売春を執拗にとらえるまなざしが生まれていたよう
に,そのどこに焦点をあてるかは,時代によって変化していたということ.3
点目に,婦人保護事業自体は,婚姻内の女性を守り婚姻外の女性を処罰する差
別的な売春防止法に依拠したものであっても,その実施場面に焦点をあててみ
ると,法が内包するジェンダー規範への批判的なまなざしや,それにとらわれ
ない柔軟な実践が見られた.こうした婦人保護事業の実施場面に焦点をあてた
検討は,現在行われている婦人保護事業の見直しの議論にも資するものになる
だろう.
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