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クエリ検索: "栗原祐幸"
3件中 1-3の結果を表示しています
  • ―静岡県の選挙を事例に
    小宮 京
    年報政治学
    2019年 70 巻 1 号 1_271-1_292
    発行日: 2019年
    公開日: 2020/06/21
    ジャーナル フリー

    第三次吉田茂内閣は衆議院では絶対多数を確保した。だが、参議院では民主自由党 (のち、自由党) は第二会派にすぎず、多数派を形成するためには第一会派の緑風会の協力が必要不可欠だった。本稿はこうした中央政界の状況が地方政界にいかなる影響を与えたかを考察した。とりわけ注目したのは静岡県の選挙である。吉田首相は1950年の参議院議員選挙や1952年の参議院議員補欠選挙で、緑風会に配慮せざるを得なかった。一方、1951年の県知事選挙では緑風会に配慮する必要がないため、党内の調整だけで良かった。この間、吉田首相と緑風会の交渉の窓口は河井弥八参議院議員であった。河井は静岡県地方区選出で、後に参議院議長を務める、緑風会の有力者であった。本稿は河井の日記を用い、第三次吉田内閣と緑風会の関係を、静岡県の知事選や参議院議員選挙などの各種選挙を通じて明らかにした。これにより従来の吉田内閣像の見直しを行うと同時に、中央の政治状況が地方に直接的に影響を与えたことを明らかにした。

  • ―現場での協力と政治レベルでの摩擦―
    武田 悠
    国際安全保障
    2011年 39 巻 2 号 64-77
    発行日: 2011/09/30
    公開日: 2022/04/14
    ジャーナル フリー
  • 武蔵 勝宏
    太成学院大学紀要
    2010年 12 巻 231-242
    発行日: 2010年
    公開日: 2017/05/10
    研究報告書・技術報告書 オープンアクセス
    冷戦期の防衛庁長官や内局の防衛政策に対するスタンスは,自衛隊をいかに抑制するかという消極的統制の要素が強かった。しかし,冷戦の終結に伴い,自衛隊の役割に対するニーズが高まることによって,政治家の防衛政策への関与が増加し,自衛隊を海外派遣や有事対処に積極的に活用しようとする積極的統制が顕著になった。内局の官僚も生え抜き組が主流となることによって,制服組との組織的利害の一致が進むこととなった。こうした1990年代以降の安全保障環境の変化と政治家の関与,防衛庁内の内幕一体化がシビリアン・コントロールを変質させることとなったのである。
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