1.はじめに
近年,少子高齢化・過疎・価値観の多様化・生活様式の変化などの社会変化に伴い,地域における伝統行事の継承が困難な状況が生じているとされる(星野,2009;澁谷, 2006など).一方,多くの地域では,伝統行事を維持するため,社会変化に対応して行事の内容を変化させてきたと考えられるが,その実態は十分に明らかにされていない.
本研究の目的は,小正月の神事の一つであるトンド(左義長・鬼火焚き・ドンドなどともいう)の開催時刻やその変化・要因を明らかにすることである.トンドは竹などを組み立てて,やぐらをつくり,正月飾りなどを焚き上げる伝統行事であり,呼び名が異なるものの,同様の行事が日本各地で広く行われている.トンドの開催時刻についての報告は高橋(2010)や笠井(2019)がある.高橋は消防署へ届け出された開催時刻帯の行政資料から仙台市内の「どんと祭り」が夕方から夜にかけて行われていることを,笠井は滋賀県
栗東市
の自治会に行った左義長に関するアンケート結果から,夕方に点火されることが多いことをそれぞれ報告している.しかし,両報告は点火時刻については紹介するだけにとどまっており,その変化や意義については説明されていない.
研究対象地域は東広島市西条町とした.その理由として,町内のほとんどの地域でトンドが実施されていること,農業地域と都市地域の両方が認められること,さらに都市地域の縁辺の農業地域では,宅地化が進行し,旧来の住民と新住民が居住する混住地域がみられることが挙げられる.伝統的なトンドと都市化の中で生まれた新しいトンドがあるのではないかと考えた.
2.研究方法
2020年に行われた西条町内のトンドを対象に,開催日に現地に赴き,調査を行った.トンドは,同じ日・同じ時刻に一斉に行われることが多く,12人で分担して調査を行った.また,開催日に調査できなかったものは,後日代表者などへの聞き取りを別途おこない補足した.
3.トンドの開催時刻
2020年に西条町内では99ヶ所でトンドが実施されていた.トンドの運営主体としては,その他を除くと,規模が小さい順に個人・自治会の下部組織(常会など)・自治会・有志団体・自治会の連合・住民自治協議会が確認された.基本的には規模が大きいほど新しいトンドであり,自治会でも住宅団地が行っている場合はこちらに含まれる.
西条町の場合,トンドは伝統的には日が沈むころに点火していたという.しかし2020年の時点では,17:00以降に点火しているトンドは3カ所しかなく,12時前後に点火されているものが大部分を占めていた.伝統的なトンドでは開催時刻の前倒しが行われたためであり,新しいトンドは当初から開催時刻が日中に設定されていたためである.伝統的なトンドの開催時刻が日中に変更された理由としては,①子どもが参加しやすいようにするため,②夜は寒く高齢者には厳しいため,③火の番をする人の負担が大きいため,④片付けの負担が大きいため,⑤夜の開催は暗くて危ないためなどが確認された.
4.おわりに
トンドの開催時刻は,日中に設定されていることが確認された.伝統的なトンドでは開催時刻の前倒しが行われ,新しいトンドでは最初から日中に設定されていたことが明らかになった.この時刻設定はトンドの神事性・伝統性の喪失であるともいえるが,多くの人が参加できるように,トンドを続けるための工夫であるとみなすこともでき,トンドがコミュニティの行事として継続するように変化していることを示している.
参考文献
笠井賢紀(2019):『
栗東市
の左義長からみる地域社会』別冊近江文庫26 サンライズ出版
澁谷美紀(2006):『民俗芸能の伝承活動と地域生活』農山漁村文化協会
高橋嘉代(2010):「平成20年代初頭における仙台市内「どんと」祭りの開催時間帯の特徴」『東北宗教学』第6巻 pp25-51
星野紘(2009):『村の伝統芸能が危ない』岩田書院
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