【はじめに,目的】Duncanらによって提案されたFunctional Reach Test(以下FRT)はリーチ距離と足圧中心点(以下COP)移動距離に高い相関があるとされている.しかし先行研究ではリーチ距離とCOP移動距離の相関がないとする報告もみられる.FRTの原法では上肢のリーチ時の高さを変えないという規定があるが,先行研究を見ると前方リーチ時の上肢の高さを規定していないものもみられる.リーチ距離はCOP移動距離よりも体幹の前傾角度に相関するという報告も見られる.上肢を下方へ移動させながらリーチすると股関節屈曲角度が増大し,COP移動を伴わない前方リーチが起こることが予想され,リーチ時の上肢の高さはリーチ距離,COP移動距離に影響を与えていると考えられる.そこで,本研究では原著で報告されているようにCOP移動距離を反映させる前方リーチ課題の方法を検討することを目的とした.【方法】対象は骨・関節系疾患のない健常成人24 名(男性17 名,年齢23.1 ± 1.5 歳).身長167.8 ± 7.4cm,体重60.2 ± 6.3cm,足長24.5 ± 1.4cmであった.測定は重心動揺計(フィンガルリンク株式会社win-pod足圧分布測定装置)の上で行い,被験者はマーカーを右側の肩峰,大転子,膝関節中心,外顆,第5 中足骨頭に貼り付けた.開始肢位は足幅を肩幅に開いた立位で,両上肢挙上90 度位,両前腕回内位とした.リーチ課題として課題1:上肢の高さの規定なし,課題2:上肢の高さを開始時と終了時で同一とした.リーチ動作時の条件として踵を床面に接地した状態で体幹回旋を伴わないこととした.動作を右側方からデジタルビデオカメラにて動画で撮影し,同時に重心動揺計にてCOP前方移動距離(以下COP偏移)を計測した.リーチ距離は開始肢位と終了肢位における左第3 指尖先端の位置とした.測定は各課題につき2 回行い,平均値を採用した.動画から画像解析ソフトimage Jにて各課題における開始肢位と終了肢位の股関節屈曲角度,足関節底屈角度の変化量を算出し,+が股関節屈曲方向,足関節底屈方向とした.リーチ距離を身長で,COP前方移動を足長でそれぞれ正規化を行った.統計処理として統計ソフトR2.8.1 を用いて対応のあるt検定を行った.また,各課題の正規化したリーチ距離(以下正規化リーチ),正規化したCOP偏移(以下正規化COP),各関節角度変化量についてのPearsonの相関係数を求めた.有意水準は5%とした.【倫理的配慮,説明と同意】対象者に対し,測定の主旨および目的を文書と口頭で説明を行い,書面にて同意を得た.また,当院の倫理委員会にて承認を得た.【結果】課題1 の正規化リーチは0.20 ± 0.03,正規化COPは0.21 ± 0.08 であった.課題2 の正規化リーチは0.16 ± 0.03,正規化COPは0.23 ± 0.08 であった.正規化リーチは課題1 が有意に大きい値を示した(p<0.01).正規化COPでは課題間に有意差はなかった.股関節角度変化は課題1 が59.6 ± 11.6°,課題2 が38.9 ± 10.2°であり,課題1 の変化量が有意に大きかった(p<0.01).足関節角度変化は課題1 が10.9 ± 3.4°,課題2 が8.1 ± 4.2°と課題1 の変化量が有意に大きかった(p<0.01).また,課題間で正規化リーチと正規化COPに有意な相関は見られなかった.課題間で正規化COPには有意な相関を認めなかった.課題1 において,正規化リーチと股関節角度変化に中等度の相関を認めた(r=0.50,p=0.01).【考察】正規化リーチでは課題1 で有意に高値を示したが,正規化COPでは有意差を示さなかった.このことから課題1 ではCOP前方移動を伴わない前方リーチが起こっていたと推察される.次に,課題1 では股関節角度変化において有意に屈曲,足関節角度変化では有意に底屈を示し,股関節戦略を使用したと考えられる.したがって,課題1 では股関節戦略により正規化リーチを増大させていたと推察される.さらに課題1 の股関節屈曲角度変化と正規化リーチでは相関を示したが,課題2 では相関を示さなかった.このことから課題1 では股関節屈曲角度変化が前方リーチに影響したと考えらえる.以上より,課題1 でみられたCOP前方移動を伴わない前方リーチは股関節屈曲角度変化の増大によって起こったと考えられ,課題2 のように上肢の高さを規定したリーチ動作のほうがCOP偏移をリーチ距離に反映しやすいと考える.ただし,正規化リーチと正規化COPに相関はなく,課題2 においてもCOPの前方移動を伴わない前方リーチが起こっていたと予想される.今回の計測ではCOP偏移をCOPの開始時と終了時の変化として定義したが,開始肢位でのCOPを考慮しなかった.そのため,開始肢位においてCOPが前方に位置しているものや後方に位置しているものがいたと予想され,COP偏移の値が大きくばらついたと予想される.したがって,今後の課題として,開始肢位でのCOPの位置を規定する必要がある.【理学療法学研究としての意義】前方リーチ時の上肢の高さを規定することでCOPの偏移をより反映できる可能性が示唆された.
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