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全文: "永井隆" ジャーナリスト
5件中 1-5の結果を表示しています
  • 佐藤 年緒
    日本原子力学会誌ATOMOΣ
    2009年 51 巻 10 号 781
    発行日: 2009年
    公開日: 2019/06/17
    解説誌・一般情報誌 フリー
  • 日本原子力学会誌ATOMOΣ
    2009年 51 巻 10 号 0
    発行日: 2009年
    公開日: 2019/06/17
    解説誌・一般情報誌 フリー
  • 栗原 和枝
    日本結晶学会誌
    2014年 56 巻 6 号 348-351
    発行日: 2014/12/31
    公開日: 2015/01/15
    ジャーナル フリー
  • “水俣”を終わったことにさせない
    七沢 潔
    放送研究と調査
    2019年 69 巻 8 号 76-99
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/20
    研究報告書・技術報告書 フリー
    前編では赴任地の熊本で初めて“水俣”に出会った吉崎健ディレクターが、心身傷だらけになりながら胎児性水俣病患者たちの番組を作り、その後転勤した東京では制作環境に戸惑い、思うように番組を作れないうちに長崎に異動を命じられたことまで伝えた。後編はその後吉崎が長崎からの転勤先に福岡を選び、<地域にこだわる>決意を固め、再び“水俣”に取り組んでいく姿を追う。吉崎は2009年の水俣病特別措置法により「最終決着」が計られる中、たくさんの潜在被害者が切り捨てられる実態をリポート、そこから「終わりにさせられようとしている“水俣”とは何であるのか」の問いをかかげる。まず半世紀以上に渡って“水俣”の社会への発信と患者支援を続けた医師の原田正純と作家の石牟礼道子の生き方と思想を検証、二人の人生をかけた「告発」の本質に肉迫する。さらに戦後史を検証するシリーズに参加、社会階層間に差別の構造をつくり、企業経営者からも、医師からも、官僚からも、人間性を排除していった「日本の近代」の実像を見つめ、いま必要な「救済」とは何であるかを掘り下げた。そして同じように20年以上にわたって水俣にこだわってきたNHK記者・東島大と出会い、東島の粘り強い交渉でチッソの最高責任者・後藤舜吉へのオンカメラ・インタビューが実現、二人は“水俣”を終わらせようとする張本人に切り込み、その「思惑」を白日の下に曝した。吉崎の”水俣“を終わったことにさせない「闘い」はいまも続いている。
  • 水俣 “魂の深か子” に出会って
    七沢 潔
    放送研究と調査
    2019年 69 巻 7 号 64-88
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/08/20
    研究報告書・技術報告書 フリー
    7年前に始まった「制作者研究」はテレビ制作者個人に焦点をあて、その個性的な番組群が作られた内的なプロセスに迫ってきましたが、今年度から「制作者研究NEO」の名で新装オープン。対象を現役のテレビ制作者に絞り、本人とのホットな対話を、出来るだけ「生」な形で繰り広げながら、これまで通り番組を分析、また制作に助力した先輩やスタッフの存在も盛り込むことで、制作者の生き方をより有機的に、現場に近いところで見つめます。今年度は、地域にこだわり、その風土と歴史の中で番組を紡いできた制作者たちの特集。第1回は28年にわたり“水俣”の番組を作り続けてきたNHKの吉崎健チーフ・ディレクター(53歳)の人生を、前後編にわけて描きます。7月号掲載の前編では、1989年、NHKに入局して生まれ故郷の熊本に赴任した吉崎が、偶然仕事で胎児性水俣病患者たちと出会い、急激に”水俣“に傾斜していったプロセスを見つめます。それまで全く関心がなく、「もう終わった」と思っていた”水俣“は、近づいてみれば多くの未解決問題を抱えていました。吉崎はその後長い歳月をかけてそれと向き合っていきます。入局から3年、25歳の吉崎は、どのようにして”水俣“に”はまっていった“のか、そしてなぜそうなったのか? そのとき誰が背中を押したのか?ある胎児性水俣病患者の撮った写真の展覧会が開催されるまでを追った『写真の中の水俣』など、若き日の3本の番組の読み解きから、謎に迫まります。
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