1.社会的背景
2020年以降,人々の生活や働き方は,人口密集地=大都市を回避しながら, 徐々に地方(移住)への関心が高まっている(内閣府, 2022).蔓延する感染症の影響もあいまって人々の生活や行動様式が質的に変貌する一方で,地方(移住)の関心の高さは単に感染回避がその唯一の要因とは考えにくい.居住する地域で人々が活力向上の契機を捉えようとする前向きな選択があると思われる. 関連して近年,国際的な経済指標において,GDPに代わる幸福度や豊かさの指標の重要性が再認識されている.OECDのBetter Life Index(BLI:より良い暮らし指標)は,人々の暮らしを11の分野(住宅,所得,雇用,社会的つながり,教育,環境,市民参画,健康,主観的幸福,安全,ワークライフバランス)で計測し,経済指標と両輪となる豊かさを指標化している(OECD, 2020).我が国の「満足度・生活の質に関する調査」(内閣府, 2021)をBLIと照らすと,「社会とのつながり」「市民参画」の指数は諸外国との比較で低いレベルを示している.
2.仮説提起
以上の社会的背景から、都市との比較において地方の発展は経済性とともに,地域に住む人々の幸福度や創造性としての文化資本・人的資本が最大化され,両輪で機能すべきであるという仮説をもって検討する. 本発表では,仮説の一考察として,地域を活性化する手法の一つとして近年地域で行われているアートフェスティバルを題材に取り上げる.国内のアートフェスティバルは,現代アートや舞台芸術を一定期間地域の中で展開し,大都市を含む広域都市型,過疎地を含む地域型を主な類型とし,地域資源を生かしたサイトスペシフィックという場所の固有性を重視した多彩なアートプロジェクト(展示,イベント,公演など)が含まれる(吉田, 2021). 香川県でも,島嶼部を舞台に備讃瀬戸地域の活性化を目指す地域型アートフェスティバル「
瀬戸内国際芸術祭
2022」が開催中である.当該芸術祭は,3年に1度開催されているが,総事業費・広域性ともに国内最大級の規模となっており,経済性については観光振興の側面から入込客数,経済波及効果などが蓄積されている.経済性とともに,その活動を通じた地域に住む人々の幸福度や創造性にかかわる文化資本・人的資本の蓄積・最大化について検証すべき観点が内包されると考えられる.
3.比較事例研究
瀬戸内国際芸術祭
は,その立ち上げから約15年にわたる活動を行っている.経済性と幸福度および創造性の両方が地域の発展にとって重要であるとの問題認識のもと、本発表は
瀬戸内国際芸術祭
、別府市の「温浴温泉世界」、舞台芸術のエディンバラ・フェスティバルという3つのアートフェスティバルを取り上げ、文化資源・人的資源がどのような形で蓄積され持続的に活用され、地域の幸福度および創造性に貢献しているのかを3つの事例の比較分析から明らかにすることを目的とする。 別府市は,温泉地であることから文化活動よりも観光地の印象があるものの2009年春からアートフェスティバル「混浴温泉世界」が開催している.市民の自律的な参画により,文化資本と人的資本の持続性を獲得し,地域資源のさらなる掘り起こしがなされている.予算規模では
瀬戸内国際芸術祭
の10分の1に満たないが,地元の市民・NPO・企業・行政がネットワーク化することにより,その取り組みの持続性が発揮されている(但馬, 2022).また,2022年春に実施した別府市の文化活動に参加する市民に対してエンゲージメントの観点で行ったアンケート結果では,人的資源活用における持続可能性が提起された. 1947年に公的機関とエディンバラ市民により創設された世界最大級の舞台芸術の祭典エディンバラ・フェスティバルはエディンバラに多くの観(光)客が訪れる毎年夏の風物詩となっている.中心となるのが,公式行事Edinburgh International Festivalという観光誘致型フェスティバルであるならば,Edinburgh Festival Fringeはその名前のとおり,周縁(フリンジ)にある自由な芸術家,市民たちのプラットフォームである.文化資本と人的資本が融合する歴史的なフリンジの在り方を参照する.
4.問題提起
以上の事例比較により,
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をはじめとする地域型アートフェスティバルは,地域の経済効果の発揮とともに,文化資本・人的資本の持続的な活用の必要性が提起される.冒頭の社会的背景から,地域型アートフェスティバルが,地域に居住する人々にとって活力向上の契機となり,人々の幸福度指標の要素である社会とのつながり,市民参画の必要性を再認識し,地域資源として新たな機能をもったプラットフォームとしての役割が期待される.
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