台湾における錫工芸は中国大陸漢民族の台湾移住とともにもたらされたもので,伝統的祭事道具,婚礼用具などの品目を主としながらも,200年以上の歴史を刻んできた。しかしながら,制作過程,技術・技法,装飾紋様など,総じて台湾錫工芸の意匠特質はほとんど明らかにされてこなかった。その事由は,錫工芸師匠たちの技術伝承が父子ないしは親族の間でなされてきたことに象徴されるように,個々の師匠がそれらを秘匿することによって自らの錫工芸のアイデンティティを堅持したいと強固に観念していたからである。本稿では,今日の台湾における錫工芸を代表する師匠の協力を得て,制作現場での観察・記録のみならず,錫工芸作品の諸特質を把握することができた。本稿では,それに基づいて台湾錫工芸の意匠特質を整理するとともに,今後の錫工芸の進展を志向するには,①漢民族の伝統的価値観を反映する意匠,②非日常的生活領域に集中しすぎてきた錫工芸であるとの内省に基づき,③伝統錫工芸技術の再現と記録を行うことが大切であることを論じた。
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