1.研究の背景と目的 中国や東南アジア,そしてインドなどのアジア各国における工業化には,外資
企業
が重要な役割を演じていることが多くの論者により強調されてきた.こうした研究の中では,ローカル
企業
は,外資
企業
の進出により新しく生まれたビジネス機会に乗じて,サプライヤーや関連
企業
(あるいは合弁相手)として成長したとみなされ,工業化の主役としての位置づけは与えられてこなかった.外資
企業
が製造する製品をグローバル水準にあるものとするならば,ローカル
企業
がそれに対抗するためには,製品を開発する技術(開発技術),製品に組み込む技術(製品技術),生産する技術(
生産技術
)をその水準で確立する必要がある.通常こうした技術は,発展途上国工業化の文脈では,外資
企業とローカル企業
の合弁事業等において,前者の技術的指導の下に移転されると考えられており,ローカル
企業
単独でグローバル水準にまで技術を高めるのは容易ではないといえる.ところで,発表者が継続的に調査を実施しているインドをみると,ローカル
企業
の中にも一定の市場シェアを獲得し,外資
企業
との競争に勝ち残っているものが存在する.たとえば,乗用車部門におけるタタ・モーターズ社や自動二輪車部門のバジャージ・オート社である.これらの
企業
は,いかにして外資
企業
と競争できる技術力を獲得しているのか,本発表はその技術キャッチアップ戦略を明らかにすることを目的とする.2.インドのローカル
企業における日本式生産技術
の導入 現在のインドの生産現場においては,外国からの
生産技術
・生産管理方式の導入が積極的に進められている.その一端をTPM(Total Productive Maintenance)を例に示す.TPMとは,(社)日本プラントメンテナンス協会が提唱する工場生産設備のメインテナンス法であり,生産性の改善・向上をもたらすものとされる.当初は日本国内中心に普及していったが,海外でも注目されることとなり,インドにおいても2000年以降になって導入する
企業
が急増している.同協会と契約を結ぶと,そこからTPMの資格をもったインストラクターが派遣され,生産設備・ラインに立ち入った指導がなされる.2005年までにTPMを導入した95件(受賞事業所・累計)をみると,ローカル
企業
か,日系以外の外資とローカル
企業の合弁企業
に限られ,日系
企業
の実績がない点に特徴がある.TPMに代表される日本の
生産技術
およびそのコンサルタンシーの活用により,インド
企業
は生産ノウハウの向上を図っているのである.3.タタ・モーターズ社のインディカプロジェクト つぎに個別の
企業
の事例を示す.タタ・モーターズ社(前身はTECLCO社)は,1980年代まではトラックやバスといった商用車生産を専業とする自動車
企業
であった.1990年代の自由化政策によって製造分野規制が緩和されたことにともない,タタ財閥の総帥ラタン・タタは単独で乗用車部門に進出することを決定した.その際の謳い文句は,インド人の手によるインド初の国産乗用車(インディカIndica)の開発であったが,それを生産する技術をいかにして確立したのであろうか.まず,インディカの基本設計はイギリスに本拠を置くデザイン
企業
に,ガソリンエンジンの開発はオーストラリアの
企業
に委ねられた.インディカの生産工場はマハーラーシュトラ州プネー県ピンプリに立地するが,そこには日産オーストラリア工場から移設(2000万ドルで購入)された生産ラインとロボットが導入されていることが特記される.これは,乗用車の生産設備を低コストで獲得できたことに加え,そこに体現されている
生産技術
も同時に入手したことを意味する.さらにインディカプロジェクトで注目されるのは,乗用車部品の開発・生産体制の新構築である.乗用車の生産には,当然ながら自動車
企業のみならず部品企業
にも高い技術力が求められる.タタ・モーターズ社はインディカの部品事業を担う子会社としてTACO社を創設し,さらにそこと外資
企業
との間に合弁会社(14社)を設立させ,基幹部品の開発・生産を委ねた.これにより海外の部品
企業
の技術を導入しながら自社の技術力を急速に向上させ,主要部品の国産化を実現した.このように同社は,外資
企業
の設備,
生産技術
あるいはそこでの経験を持つ人材を活用しながら,インド初の「国産車」の開発・
生産技術
の確立を推進したのである.
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