【はじめに、目的】臨床で運動療法を実施する際,セラピストは患者に適切な運動を誘導するために言語指示を与えることがある.このような言語と運動に関連して,言語や運動のための大脳皮質の活動は機能的に関連していると報告されている(Pulvermuller et al., 2005).喋る行為と左大脳皮質一次運動野(Lt-M1)の関連性に関して,喋っている最中にLt-M1 の手指筋支配領域の興奮性が高まることが報告され(Tokimura et al., 1996),また,手や足,口などの動作時に活動するM1 や運動前野の活動領域が,それらの動作に関する言葉を聞かせた場合にも活動することが報告されている(Hauk et al., 2004).しかし,先行研究では喋る内容に伴うM1 の興奮性変化の定量的な変化は明らかにされていない.本研究は,経頭蓋磁気刺激法(TMS)を用いて,手と脚に関する動詞
発声
時のLt-M1 の興奮性変化について検討することを目的とした.【方法】被験者は,右利きの健常成人8 名(男性4 名,女性4 名,平均年齢24.5 ± 2.6)であった.被験者は座位安静状態にて,1m前方へ設置した画面に提示される課題を約80dBで
発声
した.課題は,1)安静状態,2)手に関する動詞5 種の
発声
,3)脚に関する動詞5 種の
発声
,4)無意味語1 種の
発声
,5)母音1 種の
発声
,6)母音1 種の無
発声
の6 条件とした.動詞,無意味語はすべて3 音とし,第1 音の母音は「a」,第3 音の母音は「u」で統一した.課題提示順序は被験者間で異なるようにした.各課題中,8 の字コイルを用いて10 発の運動誘発電位(MEP)を右手の第一背側骨間筋(FDI),橈側手根屈筋(FCR)から誘発・記録した.安静条件は実験開始時,中間,最終時の3 回実施した.刺激部位はLt-M1 でFDIとFCRの両筋からMEP が記録される最適部位とした.刺激強度は,安静状態のFDIから10 回中5 回50 μV以上のMEPが記録される強度を安静時閾値とし,その1.2〜1.3倍とした.また,下顎先端に加速度計を貼付し,
発声
に伴う下顎の下方への加速度変化をトリガー信号とし,第1 音
発声
時に刺激が入るように設定した.各筋から導出されるMEP波形の平均振幅値をM1 の興奮性指標とした.統計処理は,課題条件と筋の2 要因について2 元配置分散分析を行い,post-hoc testとしてBonferroni testを行った.なお,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本実験は,ヘルシンキ宣言に基づいて実施され,広島大学大学院総合科学研究科倫理委員会の承認を得て,被験者に十分な説明を行い,書面にて同意を得た上で実施した.【結果】2 元配置分散分析の結果,課題条件間,筋間に有意差を認めた.FDIでは課題条件間の単純主効果に有意差を認めたが,FCRには認められなかった.Post-hoc testの結果,FDIでは安静条件と脚動詞
発声
,手動詞
発声
,無意味語
発声
,母音
発声
,各条件間で有意差を認め,母音無
発声
条件間では有意差を認めなかった.また,無意味語
発声
,母音
発声
条件に比較して,手・脚に関する動詞
発声
条件で抑制傾向を認めた.FCRでは,安静条件と無意味語
発声
間にのみ有意差を認めた.【考察】本研究の結果から,
発声
に伴いLt-M1 の興奮性が増大することが明らかとなった.FDIにのみ課題条件間に有意差が認められたことから,このLt-M1の興奮性変化は遠位手指筋支配M1に限局した変化であることが考えられる.無意味語
発声
,母音
発声
条件に比べ,手・脚に関する動詞
発声
条件での抑制傾向が観察された.先行研究では手の動作に関する文章
発声
時に運動前野腹側部(PMv)の興奮性が増大すること(Tremblay et al., 2011),PMvの興奮性増大に伴いM1 の興奮性が抑制されることが報告されている(Baumar et al., 2009).したがって,手・脚に関する動詞
発声
に伴いPMvの興奮性が,無意味語
発声や母音発声
条件に比較して増大していた可能性が推察される.今後は手と脚の動作に関する文章
発声
時のM1興奮性の変化について検討する必要がある.【理学療法学研究としての意義】本研究結果から,動詞
発声
時にM1の興奮性が増大し,
発声
内容によりM1興奮性が変化する傾向が示された.このことは,言語
発声
によりM1 の興奮性変化を調節できる可能性を示唆するものと考えられる.
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