漢方医学の四診は「望・聞・問・切」であり, 舌診は「望診」の中核をなす。「望」という文字は人の跂立遠視の象形であり, 「古ク霊気ヲ望ンデソノ妖祥ヲミル」が本来の義とされる (白川静・字統より)。つまり「分析」的な見方ではなく, あくまで「全体を大づかみにする」という発想で行わねばならない。患者が診察室に入った瞬間から診療は始まり, その上で「大づかみ」ができるかがカギとなる。聴診器を創作したランネック (1781-1826) が「医学はすべて観察からはじまる」と述べているが, 「望診」のもつ意味は更に深い。舌診は,
神
・色・形・態に分けて観察するが, この「
神
」は「神気」であり, 患者の全身状態を総合的にまとめ, 疾病の予後, 軽重を推察する上で意義がある。黄帝内経・霊枢に「神ヲ得ルモノハ昌ヘ, 神ヲ失フ者ハ亡ブ」とあるように, 神気を把握することは最も重要である。このように, 舌は, 病状の進展, 病態の陰陽・虚実, 気血水のバランスを反映すると考えられるが, 一方では重篤な疾病があるにもかかわらず所見にはそれほどの変化がなかったり, 健常人でも先天的な変化をみることができる。つまり, 局所の所見のみにとらわれず, 舌質や舌苔の変化を, 全身的な病態の部分現象や随伴症状として総合的にみることが前提である。
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