福島第一原発事故以降,原子力損害賠償・廃炉支援機構が設立された。そこでは東京電力を倒産させず賠償を払わせ続けるとともに,他の原子力事業者も一般負担金という形で,東京電力の賠償費用支払いを支援する仕組みが構築された。これに対して2016年後半に政府内で,送電網の利用料である託送料金を通じて一般負担金の「過去分」を回収することが決定された。これはいわゆる新電力の利用者からも賠償費用を集めることになり,一般負担金の性格を変えるものである。本稿では,この決定がなされた政府および自民党での議論を分析することを通じて,「公共圏の豊富化」概念の再検討を行った。分析の結果,政府委員会では,大筋において,賛否両論が対置される議論にとどまっていたことが示された。自民党政務調査会での議論では,最終的に託送料金への過去分の「上乗せ」が回避され,旧一般電気事業者による送電網の「合理化による捻出」へと変更された。しかし,これは反対派の議論に説得されたというよりも,電気料金の値下げを避けようとしたものである。すなわち輿論(よろん)としての論理というよりも,世論(せろん)としての感情に応じたものであるといえる。それでも,民主主義社会における多元的な決定の実現としてこれを評価すべきであることを,本稿では主張した。公論の輿論的側面と世論的側面の区別に自覚的に,政策決定過程を分析する必要性が示唆された。
抄録全体を表示