地価の形成要素に関しては明らかになっているものの,それらの地価に対する関わり方については中長期的なトレンドがあるため,一つのモデルで全ての地価形成を説明することは難しい。土地の実勢地価と理論地価とのギャップを埋めることが地価変動研究や地価政策の重要なテーマであることはもちろんであるが,地価と地価形成要素との関係を時代や地域ごとに把握し今後の変化を予測することが,より精度の高いモデルの構築や地価を指標とする地域研究に有効であると考える。
本研究では,地価と地価形成の基盤となる土地生産性との関係を都道府県別に見ることによって,近年における傾向とその地域的な特徴を明らかにすることを目的とする。
第二次産業と
第三次産業
の土地生産性に関しては,『県民経済計算(2001年度 - 2011年度)』を使用し,それぞれ都道府県別の民有宅地の総面積で除したものを使用した。加えて,同じく『県民経済計算』の雇用者報酬を民有宅地で除したものを変数として採用した。地価に関しては,『県民経済計算』の採用年次に合わせ,2002年から2012年までの『地価公示』を地価データとして採用し,都道府県別に平均住宅地地価と平均商業地地価を算出した(以下,住宅地地価,商業地地価)。
大都市の経済活動は地価形成に広域的な影響を及ぼす。近県にそのような大都市が存在する場合,都道府県内の地価形成には域内の経済活動以外の要因が作用していると考える必要がある。そのため,本研究では,三大都市圏を形成している11都府県(茨城県,埼玉県,千葉県,東京都,神奈川県,愛知県,三重県,京都府,大阪府,兵庫県,奈良県)にダミー変数(大都市圏ダミー)を設定し,第二次産業,
第三次産業
及び雇用者報酬の土地生産性と共に,都道府県の地価に対する単相関係数を年次ごとに求めた。住宅地地価の場合,各年次とも4変数の地価に対する相関係数は1%水準で有意となる中で,地価の都道府県間格差に最も大きな影響を及ぼしているのは雇用者報酬であり,その相関係数は徐々に上昇していることが分かった。商業地地価も全変数が1%水準で有意となったが,都道府県間格差に最も大きな影響を及ぼしているのは
第三次産業
であった。大都市圏ダミーの相関係数は住宅地地価に対してより高い値を示し,大都市の県境を越える影響は住宅地地価の方が大きいことが分かった。また,両地価とも第二次産業は2006年,2007年,2008年において値を下げ,全期間通じて低下傾向にある。第二次産業の土地生産性は,そもそも住宅地や商業地の地価に直接的な影響を及ぼさないと考えられるが,第二次産業自体の低迷や市街地に混在する零細規模の工場が淘汰されていることも一因として挙げられる。
次に,都道府県別に2002年から2012年までの地価と第二次産業,
第三次産業
及び雇用者報酬の土地生産性との単相関係数を求めた。また,同期間において全国の平均地価が2008年にピークを迎えることから,2007,2008,2009年の地価にダミー変数(地価回復ダミー)を設定し,その単相関係数も併せて算出した。住宅地地価の場合,概ね各道府県とも雇用者報酬との相関が高いが,東京都,愛知県,三重県,福岡県,沖縄県では有意な相関が現れなかった。このうち東京都は,
第三次産業
との間で弱い相関が見られ(5%水準),地価回復ダミーに対しては唯一有意な相関関係が現れた(1%水準)。商業地地価の場合,
第三次産業
よりも雇用者報酬との相関が高い県が多い。バブル期においては商業地地価が住宅地地価を押し上げたことが知られているが,地価の下落期においては絶対的な水準が低い住宅地地価が商業地地価の形成に影響を及ぼすため,住宅地地価との間で高い相関を示す雇用者報酬が商業地地価にも現れたと考えられる。大都市を抱え,あるいは大都市圏域に属し,商業地地価が主体となる地価形成が行われていると推測される北海道,宮城県,千葉県,東京都,神奈川県,京都府,大阪府では雇用者報酬との間に相関関係は見られず,代わりに東京都,京都府,大阪府では地価回復ダミーとの相関関係が現れたことも上記の解釈を裏付ける。
全国の平均地価には大都市の地価が大きく反映されている。地方の地価を議論する場合は,地域の実状から導かれる固有のメカニズムが存在すると考えるべきである。全域を網羅する地価データが得られない以上,代表値から導かれるモデルとの差異を段階的に明らかにしていく研究が必要であると考える。
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